クラウディオ・アバドが生前にマルタ・アルゲリッチとの最後の共演がライブ録音されて発売されました。

アバド、アルゲリッチ(1)

モーツァルト:
ピアノ協奏曲第25番ハ長調 K.503
ピアノ協奏曲第20番ニ短調 K.466
ピアノ:マルタ・アルゲリッチ
管弦楽:モーツァルト管弦楽団
指揮 :クラウディオ・アバド
録音 :2013年3月、KKLホール(ルツェルン)

ルツェルン春の音楽祭でアバドとアルゲリッチが共演したもので、両者の最後の共演です。そしてアバド最後の公式録音かもしれません。(遺された録音が他にもあって欲しい)
実はアルゲリッチのモーツァルトの録音は僅かしかありません。


ピアノ協奏曲第25番ハ長調:
シモン・ゴールドベルク/オランダ室内管弦楽団(1978年、EMI)
ピアノ協奏曲第20番ニ短調:
アレクサンドル・ラビノヴィチ/パドヴァ・エ・デル・ヴェネト管弦楽団(Warner)
実演でも弾く機会は少なかったようなので、モーツァルトには慎重だったのでしょう。


そういった意味でも今回の録音は、共演者も魅力であり、長年待ち望んだものです。
第25番ハ長調はやや華やかに始まります。
アバド指揮のオーケストラも張りのある音を出しています。
第2楽章での優雅さも特筆ものでしょう。
第3楽章は再び芯のしっかりした演奏でフィナーレを飾ります。
アルゲリッチのソロも艶のあるタッチで、モーツァルトの録音が少ないのが残念なほどです。
年をとっても、この存在感溢れる演奏は健在です。

第20番ニ短調は、奇しくもピリスと2年前に共演した録音があり、透明感ある美しさに惹かれたものでした。アルゲリッチの旧録音では、ラビノヴィチの指揮がピリオド・スタイルの影響を受けたもので、ソロがあまり伸び伸びと弾いていない印象でした。
以前、フリードリヒ・グルダ追悼公演で弾いた協奏曲第20番では、公演の意義もあってか緊張が隠せない演奏でしたが、今回のアバドとの共演では、アルゲリッチが自在に存在感豊かに音を響かせています。
今回は、オーケストラの序奏から輪郭のはっきりした演奏です。
オーケストラの提示部に続いて入るソロは、華やかな第25番に比べてやや重い音色ですが、粒立ちは良くオーケストラとの掛け合いも密度の高いものです。
長いカデンツァでのアルゲリッチは、愁いある旋律をキレのあるタッチで描きだしています。
第2楽章冒頭のソロは、淑やかに始まり第1楽章の劇場的な感じを和らげてくれます。
そしてト短調の中間部では、引き締まったピアノソロは気高さを感じさせます。
アバドとアルゲリッチのコンビは、やや物憂げな音のドラマを最上級の丁寧さと感性の輝きで描き出します。テンポも「これしかない」と感じさせる確信に満ちたものでしょう。


アバド、アルゲリッチ(2)

ジャケットの裏には、アバドとアルゲリッチが初共演した1967年の写真が掲載されています。アバドがベルリン・フィルを指揮してラヴェルとプロコフエフの協奏曲で共演したもので、アバドのDG初録音でした。
奇しくもアバドがDGに最後に録音した協奏曲が、アルゲリッチとの共演になるとは運命の悪戯でしょうか。

この録音が行われた2回の演奏会では、他にベートーヴェンの交響曲第4番変ロ長調やモーツァルトの交響曲第36番ハ長調が演奏されました。モーツァルトの「リンツ」交響曲は、以前の後期交響曲集には収録されていなかったので、録音が残されていればぜひリリースしてほしいと心から願います。

ドイツ・グラモフォンが曲のさわりをYouTubeにアップしていますので、この演奏をまだ聞いていない方はアクセスしてみてください。


イザベル・ファウスト、アレクサンドル・メルニコフ、ジャン=ギアン・ケラスが共演したベートーヴェンのピアノ三重奏曲がリリースされました。
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ベートーヴェン:
ピアノ三重奏曲第6番変ホ長調 op.70-2
ピアノ三重奏曲第7番変ロ長調 op.97《大公》
フォルテピアノ:アレクサンドル・メルニコフ
ヴァイオリン:イザベル・ファウスト
チェロ:ジャン=ギアン・ケラス
録音:2011年9月、テルデック・スタジオ(ベルリン)

昨年11月にあったイザベル・ファウストのトーク&ライブで、彼女に新録音について尋ねたところ、このCDが出る事を教えてくれました。彼らの録音は、2004年のドヴォルザークのピアノ三重奏曲以来なので、楽しみに待っていました。
演奏は、ピリオド・アプローチを取り入れながら21世紀に生きる現代のベートーヴェンをイキイキと歌い上げています。
冒頭のヴァイオリンとチェロの掛け合いは、ヴィブラート無しの澄んだ音で始まります。
続いてメルニコフのフォルテピアノが転がるような軽やかな音で加わり、密度の高い三重奏が開幕します。この曲は中間の第2楽章と第3楽章がアレグレットで、ゆっくりした楽章が無いのは後の交響曲第7番にも通じるかもしれません。
第6番変ホ長調はあまり有名ではありませんが、彼らの手にかかると爽やかな魅力ある作品になります。

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本命の第7番変ロ長調。ルドルフ大公に献呈されたので《大公》と名付けられた有名な作品です。ルドルフ大公がアマチュアなりにピアノが上手かったためか、この曲ではピアノが活躍します。初演は、ベートーヴェンが公の場で最後にピアノを弾いた演奏会だったそうです。
メルニコフのフォルテピアノは、粒立ち良くかつ出しゃばらずにと、三重奏の一角としての位置づけを明確にしています。繊細なファイストのヴァイオリンとケラスの艶のあるチェロがかみ合わさって、堂々としながら粋な掛け合いを楽しめる演奏です。

三人とも古典の作品を演奏する時には、ピリオド・アプローチを取り入れています。
今回もメルニコフは現代ピアノではなく、1828年頃制作のフォルテピアノ(修復されたもの)を弾き、ファウストとケラスもヴィブラートを抑制(ノン・ヴィブラートではない)した透明感あるサウンドを奏でています。しかし、学研的な堅苦しいものではなく、三重奏の喜びを感じさせる躍動感ある演奏なので、聴いていて楽しくなります。

この曲の演奏では、古くはW.ケンプ、H.シェリング、P.フルニエの気品ある演奏に親しんでいました。今回の録音は、演奏者の技量の素晴らしさ以上に、室内楽の喜びを感じさせる名盤だと思います。少なくとも21世紀前半を代表する演奏として、長く楽しみたいと思います。

クラウディオ、アバドがマリア・ジョアン・ピリスと共演したモーツァルトのピアノ協奏曲集を聴きました。
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ピアノ協奏曲第27番変ロ長調 K.595
ピアノ協奏曲第20番ニ短調 K.466
管弦楽:モーツァルト管弦楽団
ピアノ:マリア・ジョアオ・ピリス
指揮 :クラウディオ・アバド
録音 :2011年9月、ボローニャ

ピリスは、モーツァルトのピアノ・ソナタ全集を2度(DENONとDG)録音しています。
しかし、ピアノ協奏曲は全曲を録音していません。
1972年~77年に仏エラートにLP5枚分の協奏曲を録音しましたが、DGと契約してからはアバドとの共演で第14番と第26番をウィーン・フィルと(1990/92年)、第17番と第21番をヨーロッパ室内管と(1993年)録音して以来、久々の録音でした。
この第20番ニ短調と第27番変ロ長調は、1977年以来実に34年ぶりの再録音です。
ピリスの演奏は、元々虚飾を排したピュアな美しさが特徴です。
例えばグルダのような即興や装飾音の追加はほとんどなく、ひたすら楽譜にある作曲家の魅力を献身的に引き出そうとしています。その点では、アバドと共通する姿勢ともいえます。

変ロ長調 K.595はモーツァルト最後のピアノ協奏曲です。
日本酒なら純米大吟醸のように素材の味を追求する事で、モーツァルトの高みに近づこうとしているようです。アバド指揮モーツァルト管弦楽団も、シンプルにモーツァルトの美を追求しています。こけおどし的な表現はありませんが、楽譜に対しては厳しく原点を追求する姿勢の上に一見ソフトな表現でピリスに寄り添っています。
このK.595を華やかに演奏する因果く醸します。
今回のピリスとアバドは作品を慈しむように透明感あふれる音で曲を作り上げています。

ニ短調 K.466はややドラマティックな表現になりますが、ここでも表面的な効果は求めていないようです。第1楽章はやや厚みあるサウンドですが、劇的な効果よりも内声部の充実感が芯のしっかりした印象を与えます。続く第2楽章ではサラサラと清流の様な歌いまわしが魅力的です。

両者の久々の共演は、円熟した境地を雑味を排したピュアな表現で昇華した魅力ある演奏です。この共演がもう聴けないとは、残念でなりません。

カール・ベームが珍しくフランス国立管弦楽団(旧:フランス国立放送管弦楽団)を指揮したライブが発売されました。曲目は、彼の得意なものばかりです。

ベーム、パリ・ライブ
AmazonでのCD紹介はこちら


モーツァルト:交響曲第29番イ長調K.201
R.シュトラウス:交響詩『ドン・ファン』Op.20
ブラームス:交響曲第2番ニ長調Op.73
管弦楽:フランス国立放送管弦楽団
指揮 :カール・ベーム
録音 :1973年5月25日 サル・プレイエル(パリ)ライヴ

このプログラムは、カール・ベームが得意のパターンでしょう。
1977年3月にウィーン・フィルと来日した際に、全く同じ構成で演奏しています。

モーツァルトの交響曲第29番は、多くの指揮者が好んで演奏する曲です。例えば、ヘルベルト・フォン・カラヤンは後期交響曲集(35番以降)以外はあまり演奏しませんでしたが、29番は録音を遺しています。ブルーノ・ワルターは後期以外には、25、28、29番を録音しています。クラウディオ・アバドも晩年に録音しています。
勿論、ベームはベルリン・フィルとの交響曲全集があります。
この演奏は、ゆったりとしたテンポで開始されます。オーケストラの音色はややこもり気味で、ドイツのオケとは色合いが異なります。いわゆる「古いスタイルのモーツァルト演奏」で、現在はこのような演奏をする音楽家は少ないでしょう。私は個人的に、もう少し羽毛のような軽やかな演奏が好きですが、このスタイルも嫌いではありません。


R.シュトラウスの『ドン・ファン』では、オーケストラの音が引き締まってきます。
テンポも活き活きとして、演奏の密度も増しているのが感じられます。
カール・ベームは生前のR.シュトラウスとも親交がありました。
交響詩『ドン・ファン』も複数回録音しています。
ドレスデン・シュターツカペレ(1939年、EMI/独エレクトローラ)
ベルリンRIAS交響楽団(1954年2月、独Audite・放送用セッション)
ドレスデン・シュターツカペレ(1957年、DG)
ベルリン・フィルハーモニー(1963年、DG)
ウィーン・フィルハーモニー(1970年、ユニテル・映像)
ケルン(西ドイツ)放送交響楽団(1976年、独Audite)

R.シュトラウスはこの曲の楽譜出版後にモントルーで演奏した際に、一部にトランクイッロとアテンポの指定を追加したそうで、ベームは以前発売されたリハーサル映像では、その指定を守るよう指示しています。

ブラームスもベームが得意な曲の一つです。フランスのオーケストラでブラームスを聴く機会は少ないので、好奇心も手伝って聴いたのですが、やはりベームのブラームスです。録音の制約もあり、ピラミッド・バランスの重厚さは不足していますが、曲全体の構成をしっかりと描き出しています。この頃は、最晩年のテンポの緩みもなく、40分弱で全曲を駆け抜けます。

ライブには付き物のオケのミスもありますが、まあ許容範囲でしょう。


録音は1973年のステレオ・ライブですが、音質ははっきり言って冴えません。
おそらく放送用録音が保存されていたのでしょうが、1973年頃にはアナログ録音は完成期であり、はるかに素晴らしいライブ録音も数多く存在します。音質が冴えないのは残念ですが、カール・ベームとフランス国立管弦団との珍しい共演で得意の曲目を演奏した貴重な記録でもあり、彼の晩年の解釈は十分に楽しめます。
ベームは来日前の1975年1月にベルリン芸術週間でベルリン・フィルを指揮して交響曲第2番を演奏しています。以前聴いた放送録音では更に素晴らしい演奏だったので、この演奏がCD可されれば聴いてみたいものです。

昨年(2013年)Amazonの小説年間売上第1位だったの が 『永遠の0』だったそうで す。
また昨年末に映画も公開されたので、ご存知の方も多いと思います。
私は大ヒットする少し前に友人から紹介されて読みました。

その百田さんが、なんとクラシック音楽の名曲を紹介する本を書いていました。
偶然ですが、私の友人が出版に関係していたので読んでみました。

至高の音楽

『至高の音楽』:百田尚樹著(PHP研究所)


この本は、作者が『一個人』(KKベストセラーズ)と『Voice』(PHP研究所)に連載した記事を加筆訂正して一冊にまとめたものだそうです。元が音楽誌でないため、対象読者はコアなクラシック音楽ファンではありません。

勿論、作者の百田さん自身も「ヘビーなクラシック音楽ファン」ではあるものの、音楽評論家やレコード評論家(死語?)ではありません。そのため、曲の紹介や彼が好きな演奏者の紹介も「ファン」の目線で書かれています。

この本で紹介している「名曲」は以下の通りです。
なお、作曲者と曲名の表記は目次の表記のままにしています。
第01曲:ベートーヴェン/「エロイカ」
第02曲:バッハ/「平均律クラヴィーア曲集」
第03曲:モーツァルト/「交響曲第25番」
第04曲:ラフマニノフ/「ピアノ協奏曲第2番」
第05曲:ショパン/「12の練習曲集」
第06曲:ベルリオーズ/「幻想交響曲」
第07曲:モーツァルト/「魔笛」
第08曲:ベートーヴェン/「第9交響曲」
間奏曲:巨匠の時代
第09曲:シューベルト/「魔王」
第10曲:ヴァーグナー/「ヴァルキューレ」
第11曲:パガニーニ/「24の奇想曲」
第12曲:ムソルグスキー/「展覧会の絵」
第13曲:ブルックナー/「第8交響曲」
第14曲:チャイコフスキー/「白鳥の湖」
第15曲:ベートーヴェン/「第5交響曲」
第16曲:リヒャルト・シュトラウス/「英雄の生涯」
間奏曲:決定盤趣味
第17曲:ブラームス/「第1交響曲」
第18曲:バッハ/「ブランデンブルク協奏曲」
第19曲:ベートーヴェン/「悲愴」
第20曲:ラヴェル/「夜のガスパール」
第21曲:シューベルト/「死と乙女」
第22曲:ロッシーニ/「序曲集」
第23曲:モーツァルト/「ピアノ協奏曲第20番」
第24曲:バッハ/「ゴルトベルク変奏曲」
第25曲:ベートーヴェン/「ヴァイオリン協奏曲」
番外編:『永遠の0』を書いている時に聴いた曲
(歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲)


著 者の百田さんが前書きの中で、「とくにドイツ音楽こそ世界最高レベルの音楽だと確信しています。」(まえがき:2ページ)と述べているように、ドイツ・オーストリアの音楽がお好きなのでしょう。この本で紹介している全25曲+1曲の 中で、実に17曲が独墺系です。

百田さんがクラシック音楽に目覚めたきっかけを、第一曲の「エロイカ」で述べています。
彼 が大学時代に、クラシック音楽好きのお父様のLPをカセットにダビングしようとして何度も失敗したと書いています。英雄の第1,2楽章は60分テープの片 面に収まらないので、90分テープに全曲を入れようとしても収まらない、最後はC-90のA面に1~3楽章、B面に第4楽章をダビングしたそうです。この 時、何度も繰り返し聴くうちに、「突然、すさまじい感動が舞い降りてきたのだ。」(10ページ) と書いています。これが、その後彼がクラシック音楽にはまっていった入口だったようです。

前に書きましたが、著者の百田さんは「音楽ファン」です。
そのため、ここの記事にある楽曲や演奏家についての紹介内容については、多少「?」となる部分も有りますが、こんな点をつつくべき本ではないでしょう。
例えば、ラヴェル作曲の「夜のガスパール」では、管弦楽編曲版について触れていますが、既にCDが複数発売されている事を御存じ無いようです。逆に、作者がご自分の執筆との関わりを絡めて紹介している作品などは、楽しく読む事が出来ます。


中で興味深かったのは、「間奏曲」と題されたショート・エッセイです。
最初の「巨匠の時代」では、彼が好きな往年の巨匠たちはなぜ個性豊かだったのかを独自の視点で述べています。この解釈には少々異論がありますが、個人の見解なのでいろいろな好みがあっても良いでしょう。
もうひとつの「決定盤趣味」は、某レコード専門誌がよく取り上げる人気投票や評論家の採点などに疑問を呈したもので、なるほどと同感するものです。ある曲の「決定的名盤」を求めすぎるあまり、多様な演奏を楽しむ余力が無くなっては悲しいものです。

既にここの楽曲に詳しい方やお気に入りの演奏家の録音を楽しんでいる方にとって、特別目新しい情報が記載されているわけではありませんが、音楽ファンとしての百田さんが語りかける名曲への楽しみを共有するのも良いものです。