私には兄が一人います。

母はどうしても女の子が欲しかったそうで、当時としては高齢(36歳)で私を産みました。

祖母は当初、出産を望んでいなかったそうですが、母が「絶対産む!」と反発したそうです。

母が願って授かった女の子。

私は未熟児だったのもあり、(ある意味)とても大切に育てられました。

子供の頃の私は、泣き虫でした。

小学校に入学したばかりの頃、下校時は泣きながら帰路についていました。

何で泣いていたのか・・・そこに「お母さんがいないから」でした。

母親と離れる時間が長くなるのが耐えられなかったのでしょう。

母親に守られていた世界からポンと1人、集団の中に入るのは、装備を持たず戦場に放り投げだされるくらい耐え難かったのです。

私には武器が必要でした。大人の円陣の中で過ごせるようなカベが欲しかった。

学生の頃は、特段目立ったいじめは無かったものの、勉強にさほど興味がなく、いつも空想に耽り、よく窓から流れる雲を眺めていました。

「幸せは向こうからやってくる」と思っていました。

成長をするにつれ、「私はなんで生まれてしまったのだろう」と考えるようになりました。

何で生まれてきて、何のために生きるのか意味がわからないまま、女性らしく成長していく自分の体が嫌でした。

自分なのに、自分がどうしたいかわからず、そこに自分は居ませんでした。

恋人ができても、そこに幸せも安心感もありませんでした。

でも家に帰ると絶対的に安心できる母親がいました。

恋人より、私の心を支配している母親。

何でも母親が決め、母親が正しいという世界で育った私が、外の人と触れ合っても、そこに免疫力がないのでメンタルをすり減らしました。

私は完全に失敗や成功の機会、自己防衛、そして「巣立つ機会」を失っていた。

武器がないまま大人になったので、毎日裸で戦場をうろうろ放浪者のように歩き続けるようなものでした。

はい、そんな私でした。

 

・・・「でした」、です。

 

好きな服を着て、安全な場所に行って、適切な武器を持って、共に過ごせる仲間や生きる環境を選べる世界を自分で選択できるということを知り、自分が変化していくと「なんで生まれてしまったのだろう」と考えなくなりました。


思い浮かぶこともなくなりました。
 

今思うのは、幾つになってからでも生きる世界は選べるということ。

 

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