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なぜ、道路が混雑しているのでしょうか。


ミニアコーディオンです。

小さいけれど音量が豊かです。

昨日のブログのことで、

メールを何通かいただきました。

「渋谷系ってなんですか?」についてですが、

渋谷駅を中心に西口、ハチ公口、南口、

いわゆる青山に隣接した東口を除く渋谷駅周辺のライヴハウスを拠点にオシャレで、ポップな音楽を作っている人たちのことです。

アコースティックギターかピアノの弾き語りで、

服装もシックでファッショナブル、

お茶をする時にはカフェに入る(自販機の缶コーヒーを絶対に飲まない)

歌詞は、創作ノートを持っていてカフェのオープンテラスなどでメモに書き留める人たち。

オリジナル曲が明るくキャッチーでかわいいメロディを基調としています。歌詞はハッピーな恋の始まりを綴ったストーリーが多いです。

絶対にネガティブな言葉や、比喩表現や社会風刺は使いません。一番分かりやすく言うと、映画デトロイトメダルシティのクラウザーさんの素の姿のような音楽のことです。髪型は絶対に黒髪です。ライヴ前にランチに行く時は明治通りを歩き並木橋交差点までの間のオシャレなお店で、パスタやクロックムッシュなどを好んで食べているそうです。カツ丼、牛丼、ラーメンなどの男飯は絶対に食べないそうです。その様な徹底した生活の中でオシャレを追求した音楽を作り続けている人たちのことを渋谷系と呼ぶらしいです。ちなみに、私たちの作品の中では、横浜の歌詞なのに何故か「私の好きなズーラシア」と「ムササビストーリー」が渋谷系音楽に該当するそうです。「シブヤ、雑踏、XYZ」は渋谷アングラロックに分類されるそうです。スペイン坂付近の約2軒のロック系のお店に出演されている方々が創作されているロックのジャンルに該当するそうです。

ちなみに、その二軒のうちの一軒のサイクロンさんには何度も出演させていただいておりましたが、デジタルミュージックを中心とした演奏をさせていただきました。ゴリゴリのロックは演奏できずに申し訳ない気持ちになっていました。が、

店長さんから「ウチは音楽の多様性を考えているのでデジタルミュージックも新しいロックだと思っています」と励ましていただけたことをありがたく思っています。ちなみに、ナントカ半島のライヴハウスAの店長さんからは「オメェラ、ウチのステージの上でカラオケやって遊んでんじゃねーよハァー、なんなんすかハァー、やる気あるんすかハァー、演奏中にパソコン広げて何やってるんすかハァ-、ステージの上からオレの悪口とかネットに書き込みでもしてるんすかハァー」と叱られました。パソコンはトラックのオペレーションに使用していたのですが。

おまけに、演奏直前にシールドやカポが紛失してしまった時に「どうしましょう、消えました」と伝えたら、「そんなに大事なものなら肌身離さずもっとけハァー」と叱られました。それ以来持ち物管理には気をつけるようになりました。


 

なぜ、道路が混雑しているのでしょうか。
 
どこでも買えるジムダンロップのカポと、
エリオット爺さんの手作りのカポです。
値段は20倍くらい違います。
どちらも愛用していますが、エリオット爺さんのカポの方が接地面が細い分だけチューニングへの影響が少なく、レコーディングに向いています。
もう一つのジムダンロップのカポは、以前ライヴ活動を行っていた頃に、紛失や盗難が多く、特にナントカ半島の県庁所在地のライヴハウスAの楽屋では、出演時間直前にカポや譜面やシールドが消えて真っ青になることが重なりました。そのような経験からカポは常に予備を持つようになりました。その時にジムダンロップが、安くてしっかり機能することに気づきました。
後で知ったのですが、ジムダンロップのカポは世界で生産量販売数が一番多い商品なのだそうです。代理店が沢山あり、世界中の小さな楽器店の店頭に並んでいることはもとより、通販サイトでも多数販売されていることが理由だそうです。
機能面では、SHUBBが、ギター本体に与えるダメージが少なく、チューニングへの影響も最小限に留める作りになっているのですが、ジムダンロップよりも少しお値段が高いことが理由で販売数はそんなに多くないそうです。
G7THは発売時にエリック・クラプトン愛用というキャッチコピーで宣伝されておりましたが、
ジムダンロップの2倍くらいのお値段と、ずっしりとした重さと、操作性の大変さからそんなに沢山は売れていないそうです。ちなみにSHUBBのカポは大切な先輩や自分より目上の方への贈り物として絶対に失礼にならないという暗黙のルールが、90年代の渋谷系のミュージシャンの仲間うちでは存在していたそうです。もし、知らず知らずに音楽仲間の方からSHUBBのカポを貰っていたとしたら、コッソリ尊敬されているのかもしれません。
ところで、90年代に沢山のミリオンセラーのCDが発売された件ですが、ジムダンロップのカポの様に、ロングセラーになることはありませんでした。その時だけ流行りその時だけみんなが聴いたという感じです。シャネルのサングラスをかけて夜の街を歩く人は今は少なく、マスクをつけて歩く世の中になってしまいました。
なぜミリオンセラーが誕生したかと言うと、当時は今の様な配信は存在せず、みんなが自宅のミニコンポやカーコンポでCDの音楽を聴いていたからです。CDには分厚い写真を沢山掲載した歌詞カードが付属しており、自分で商品を手にしたくなる作りになっていました。PVでも、そのアーティストが高級な衣類や車に囲まれてリッチで豪華なイメージをアピールしていました。キラキラしていて私もあんな風になりたいと思ってもらえる演出になっていました。
だけど、その当時流行っていた歌を今悲しいことやつらいことがあった時などに聴きたいと思わないのはなぜでしょう。
109で当時販売されていたファッションとその頃の音楽は同じなのだと思います。
ごく一部の方々に日本の音楽が踊らされた時代なのだと思います。
余談ですが、うちのスタッフのお友達で美容外科の先生がいらっしゃるのですが、
その時代に、接待を伴う飲食店従業員の女性が患者として来られて、
「あゆの目にして〜」と言われたので、カウンセリングシートに両目がまんまるの鮎の眼をスケッチして
「こんな感じかな?魚眼は360度見えないとねぇ」と魚の鮎と勘違いしてカンファレンスしてしまい、その女性を驚かせてしまったという失敗談があるそうです。


なぜ、道路が混雑しているのでしょうか。


連日陽射しが強いので、

外出には日傘が手放せません。

ところで傘と言えば、

晴れの日に貸した傘を、雨の日に返せと言う例え話を聞いたことがありますか?

プラザ合意で、円高ドル安となり日本の輸出産業は大打撃を受けました。

自動車、家電、音響などの輸出産業の会社が、

今までの半額じゃないと売れなくなってしまいました。さあ、どうしよう?と日本中が大混乱をした時に、当時の政府のアイデアで日銀の公定歩合を5.5パーセントから2パーセントに大幅に引き下げたことにより、街の銀行さんが企業や投資家さんにどんどんお金を貸すようになりました。

それによってバブル景気が始まったのですが、

例えば1万円の価値しかない土地に100万円を貸してみたり、5000円の価値しかない土地に1000万円の借金をしてまで投資をしてしまう人がいたりして、土地や建物の値段がどんどんどんどん高くなってしまいました。ところが、ニューヨーク市場で、突然ブラックマンデーと呼ばれる株価の大暴落が起き、それに連鎖するように、東京の株式市場でも株価の大暴落が起きてしまいました。それがバブルの崩壊、平成不況の始まりでした。

その頃から、ミリオンセラーと呼ばれるCDが沢山誕生したそうです。

銀行は景気の良い時にどんどんお金を借りて下さいと言っていたのに、世の中の調子が悪いなと感じた瞬間に、貸したお金の回収を始めたそうです。この様な現象の事を、晴れの日に貸した傘を、雨が降ったら取り上げる、と揶揄されるようになったそうです。

ちなみに…その時代に、ウチのスタッフの一人が、晴れの日に傘を貸すと言われたそうなのですが、雨が降ってからどうするか考えます。と答えたそうなのですが、当時そのようなお返事をする人がいなかったので、その後も傘を貸しましょうかと言って下さった所と良い関係を続けているそうです。

なぜ、道路が混雑しているのでしょうか。
 
JHOHN MAYAERのCDを購入した時の
ノベルティだった鈴木英人さんのポストカードです。
そういえばタワーレコードさんから商品を購入するたびに思うのは、1985年のプラザ合意です。
アメリカ、イギリス、西ドイツ、フランス、日本による会議で、
ドル高の解決の為の財務大臣クラスの会合が行われ、
1ドル309円だった為替が一気に150円高に転換することになりました。
それまでは1976年から導入された変動相場制で、1ドルが309円前後だったそうです。
ドルで輸入するものはとても高いものだったそうで、例えば10ドルのLPを輸入した場合3090円でしたが、
プラザ合意以降は10ドルのLPを1500円で購入できるようになりました。
当時も日本では日本のレーベルから発売されている洋楽はありました。
LPで1枚2800円〜3500円くらいしていましたが、直輸入だとプラザ合意以降は1500円〜1800円くらいで、
日本のレコード会社から発売されるよりも何ヶ月も早く入手することができたり、
日本で未発売のアーティストの作品を沢山聴くことも出来るようになりました。
サード・ワールド(レゲエ)や、トゥレ・クンダ(アフリカンミュージック)などの輸入盤が日本ではとても人気だったそうです。
そんな時代にタワレコさんは沢山の作品を現地から買い付けて、その後今のような大きな会社になられたと聞いております。
当時のクラブやディスコでよく流れていたリック・アストリーやカイリー・ミノーグ、ブライアン・フェリー(前の総理大臣に似ているけれど別の人)などのCDも最初はタワレコさんの店頭の視聴コーナーのウォークマンのヘッドホンから流れてきたのが始まりと聞いています。プラザ合意前の洋楽といえばFM Tokyoのロイジェームスさんの番組以外では接する機会がなかったと、ウチのスタッフが言っていました。今はどうなっているのだろう?と当時と同じ時間帯にダイヤルを合わせると
三遊亭小遊三師匠が真面目に低い声でゆっくりと音楽のお話をされておりました。
 
 
 

なぜ、道路が混雑しているのでしょうか。

JOHN MAYERのニューアルバムを
楽しんでいます。
80年代のAORサウンドの雰囲気があって
とても良い感じだと思いました。
ケースを開けたら素敵な色合いの盤面に
感動しました。