俺にとって受験とは何だったのか。考えてみる。
俺は小学生のころから高校受験ってものが怖かった。
いずれやってくる試練のような気がして、なるべく中学生にはなりたくなかった。
だから、中学生になるとすぐ塾に入り、受験勉強を始めた。
そして、なぜ受験があるのか、もっと刹那が大切ではないのか悩み、
その悩みから解放してくれる塾の先生の言葉を安直に輸入し、すべてを受験に捧げた。
何かを得れば、必ず何かを失うのである。
それが成長と呼ばれるものであっても同じだ。必ず失う。
だから、何かに熱中して、そこからたくさんの物を得れば、
その代りに何かたくさんの物を失っているのだ。確実に。
俺は受験にすべてをささげて、受験勉強に関するあらゆるものを得た。得る努力をした。
だから、その代わりに失ったものも多い。気付けなかったことも多い。
それが悔しい。
もっと他に大切な宝物がたくさんあったはずだから。
受験勉強をすることは、全部無駄じゃないと思う。
でも、受験勉強だけに熱中するのは得策ではない。
若く、体力と気力が有り余って、何かに熱中したいのなら、
もっと他のことに熱をあげるべきだ。
そして、その傍らで受験勉強にも力を入れればよい。
受験勉強以外にも力を入れている君は、
少なくとももうひとつの視点から物事を見ることができている。
それだけ、監視の視点が多く、世界を広く見渡すことができる。
もちろん、受験に夢中になって、30過ぎてから「あぁ…」というのも人生。
そこから立ち直れば遅くはないと思う。
でも、一度失ったものは戻ってはこない。
そして、受験で得られるものは、ほとんどガラクタばかりだ。
本当の宝物を捨てて、ガラクタばかり集めてどうするの?