佐渡金山をあとにして相川の街を散策します。
大江戸山脈が海に落ち込むわずかな隙間に発展した相川には、坂道や石段が多くこの町の表情を形造っています。
その代表選手の長坂と西坂。
振り返ればすぐそこに日本海が見えます。
金山の採掘が進むと多くの人が海峡を渡り、相川はかつて国内有数の人口を抱える一大鉱山都市だったのです。
長坂の登り口にある洋館は旧税務署。
登りきったところの煉瓦の塀は旧裁判所のもので相川には国の出先機関もありました。
煉瓦塀の並びに時鐘楼があり和洋のコントラストが印象的です。
1712年に広伝寺境内に設置されて町民に時刻を知らせてきた鐘楼で、今もその役目は現役だそうです。
時鐘楼の先の角を曲がると鉱山最盛期の繁華街である京町通りです。
今は静かな生活空間が広がりますが、京都から移り住んだ豪商もこの界隈に住み、江戸時代には3階建ての建物もあったそうです。
気がつけばずいぶん坂の上まで来ていました。
違う道から港へ戻るの途中もまた急な坂道の連続でした。












