
ヘルンとセツと子猫の話
TBSラジオが “水と音の親和性を、水音とナレーションでお伝えするドキュメンタリー番組” と謳う「メタウォーター presents 水音スケッチ」(平日の12:26頃から放送)は、毎回日本各地の水風景を切り取った、耳で聞く絵はがきのようなショート・プログラムだ。
月~木曜日は「ジェーン・スー生活は踊る」内、金曜日は「金曜ボイスログ」内でスポット的に流されている。パーソナリティーはフリーアナウンサーの堀井美香。
その番組がこのほど10周年を迎え、9月28日の(本来なら)「安住紳一郎の日曜天国」の時間帯に2時間の特別番組を放送した。
その中で、いま話題のラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の日本での生活をドラマ仕立てで描いた「ヘルンさんの水音スケッチ」が流れた。
その番組で、開始から1時間28分06秒のあたりから以下のようなエピソードが語られた。
ヘルンさんが、びしょ濡れの子猫を拾ってきたことがありました。湖で子どもたちが子猫を水に沈めたり引っ張り出したりして遊んでいたのだそうです。それを見かけたヘルンさんは、子どもたちから猫を取り上げて、懐に入れて持ち帰ってきたのです。女性や子ども、そして弱いものには、とてもやさしい人でした。
このくだりを聞いてオヤと思った。たまたま前日に、ハーンの妻セツの『思い出の記』を読んでいたからだ。そこにはこう記されていた。
ある夕方、私が軒端に立って、湖の夕方の景色を眺めていますと、直ぐ下の渚で四五人のいたずら子供が、小さい猫の児を水に沈めては上げ、上げては沈めして苛めて居るのです。私は子供達に、御詫をして宅につれて帰りまして、その話を致しますと『おゝ可哀相の小猫むごい子供ですね――』と云いながら、そのびっしょり濡れてぶるぶるふるえて居るのを、そのまま自分の懐に入れて暖めてやるのです。その時私は大層感心致しました。
『思い出の記』 小泉節子
青空文庫
つまり、子猫を拾ってきたのはセツで、そのずぶ濡れの子猫を自分の懐に入れて暖めてやったのがヘルンと読めるけれど、放送ではセツのやさしさは消し去られ、ヘルンさんひとりが “いい人” になっている。
事実に基づいたドキュメンタリー・ドラマにあって、“artistic license” はある程度許されるべきだろう。だが、そこで描かれる事件の当事者が、そのエピソードについて自ら書き残している文章がある場合は、その事実関係は極力尊重すべきだと思う私は、しょせん頑固なお子ちゃまジジイか。
それとも、もしかして、セツが『思い出の記』発表後に自身の記憶違いを正した文書などがあって、このドラマはそれを反映させたというのだろうか? NHKの朝ドラ「ばけばけ」で、ハーンの妻セツに注目が集まるこの時期、ぜひとも知りたいところだ。
例によって、Ameba の Pick では無料商品は無視されてしまうので、直接リンクは貼れないが、『思い出の記』(小泉節子)は、アマゾンから青空文庫の Kindle本としてダウンロードが可能だ。


