世界をゆるがした十日間 上 (岩波文庫 白 202-1)
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話題の新作映画の公開やドラマの配信が近づくと、その原作本を抱える出版社は配給会社とタイアップして販売促進にこれ努めるのが古くからの習わしで、特に早川書房がいち早く取り組んでいたように思う。
次第に他社もそれに続くようになり、自社で映画製作まで手がけるようになった角川書店の “観てから読むか、読んでから観るか” 的な大キャンペーンによって、このタイアップ商法は頂点を極めたけれど、こうした販売促進にかなり出遅れた出版社もないわけではなかった。たとえば、岩波書店! (^^;
私の知る限りで、この手のことで岩波文庫がおずおずと動きを見せ始めたのは、アメリカ映画「レッズ」(1981年)の日本公開の時だったと思う。
これは、アメリカのジャーナリスト、ジョン・リードによるロシア革命のルポルタージュ『世界をゆるがした十日間』を、ウォーレン・ベイティ監督・主演によって映画化したものだった。
今でこそこの作品は、ちくま文庫や光文社古典新訳文庫からも出ているけれど、当時は岩波文庫一択しかなかったのだ。
岩波はいったいどんな施策を行ったのか? 映画のスチール写真を全面に押し出したカバーを用意したり、「○月○日より映画大公開!」なんて帯をかけるわけでもない。ただ、いつもなら、都内の大手書店でも既刊タイトルの棚に上下巻が1、2セット置かれていただけのものが、映画公開にあわせて、平台に新刊書などより心持ち高く平積みされたことが、ごく一部の界隈で「あの岩波が!」と話題にされたのだった。結果、『世界をゆるがした十日間』と映画「レッズ」とを結びつけることのできた人がどれほどいたのかは不明だが。《それとも、あれは書店側独自の工夫に過ぎなかったのか?》
それから幾星霜、岩波書店は試行錯誤を重ねてゆき、いまや……(^^;
2025年度後期に始まるNHK「連続テレビ小説」『ばけばけ』は、小泉八雲の妻・小泉セツをモデルにして、フィクションとして制作される。この機に乗じて岩波は、この夏ラフカディオ・ハーン関連書の復刊に動いていたのだ。
たとえば、『骨董』は1940年に刊行されたものの改版だが、訳者解説に加えて、円城塔の書き下ろし解説も収録するなどひと手間かけているところが目を引く。
さらに、岩波新書からは太田雄三の『ラフカディオ・ハーン 虚像と実像』が復刊されているし……
岩波ジュニア新書でも、河島弘美の『ラフカディオ・ハーン』が復刊され、少年文庫の既刊には、脇明子訳の『雪女 夏の日の夢』があり、こちらは、「雪女」「耳なし芳一」などの代表作に、「東洋の土を踏んだ日」、「夏の日の夢」などのエッセイ(抄)を加えたコンパクトな小泉八雲ガイドとなっている。
もちろん、他社もこの機会をとらえて、ラフカディオ・ハーン関連書の販売に力を入れているわけだ。
ちなみに、岩波文庫での訳者はどれも平井呈一となっているが、たとえば、平川祐弘《‘祐’ は旧字》の訳業なら河出文庫で読むことができる。