生きるべきか死ぬべきか
もっぱら、名句・引用句辞典からの切り貼り(今なら「コピペ」)だらけででっち上げられた古典として世評の高いシェイクスピアの戯曲だが、(^^; そのなかでももっとも有名なセリフは、悲劇『ハムレット』にある「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」(To be, or not to be, that is the question.)ではないだろうか。
かのエルンスト・ルビッチ監督の名作のタイトルに、そしてその邦題にも流用されており、そのセリフが劇中何度も繰り返され、笑わせてくれるのである。
万が一にも、ルビッチ監督の名前など聞いたことがないという方がいるなら、悪いことは言わない。こんなブログ記事など読んでないで、即観るべし! 手始めに「生きるべきか死ぬべきか」などいかがだろうか。第二次世界大戦が勃発。ドイツが侵攻したポーランドのワルシャワで活動していた劇団員たちが、あのヒトラー相手に一世一代の大芝居を打ってみせるという抱腹絶倒のコメディである。(^^;
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さて、その名ゼリフなのだけれど、いったい誰が最初にそう訳したのだろうか? 角川文庫で『新訳 ハムレット』を手がけた河合祥一郎によれば、訳書として世に出たのは、なんと彼自身のもの(2003年)がそれなのだという。
私自身、「忍びて在るか、たちて果てるか」などいろいろと考えたが、結局、訳者の解釈を押し付けることはやめて、観客が最も受け入れやすい台詞にすることにした。これまで最も人口に膾炙してきた訳といえば、「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」であろう。ところが調べてみると、この表現は、どの翻訳でも使われたことがないのである。参考書の類には載っていても、作品の翻訳として使われた経緯はないのだ。しかし、「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」ほど、ハムレットの独白の出だしの言葉として認知された訳もないだろう。
(『新訳 ハムレット』角川文庫 訳者解説)
彼が掲げている歴代の訳例は実に興味深い(以下抜粋)。
1)アリマス、アリマセン、アレワナンデスカ 1874年、チャールズ・ワーグマン?(「ザ・ジャパン・パンチ」)
7)存ふか、存へぬか、それが疑問ぢゃ 1907年11月、坪内逍遥(文芸協会、本郷座上演)※翻訳『ハムレット』の本邦初演(役名はハムレット)
10)生か死か……それが問題だ 1915年、久米正雄(『ハムレット』新潮文庫)
33)このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ 1972年、小田島雄志(『ハムレット』白水社。同年五月、出口典雄演出、江守徹主演、文学座アトリエ)
40)生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ 2093年、河合祥一郎(『新訳ハムレット』角川文庫)
10)生か死か……それが問題だ 1915年、久米正雄(『ハムレット』新潮文庫)
ちなみに、この『新訳 ハムレット』も、野村萬斎氏の依頼により、彼が主演する「ハムレット」公演のために訳し下ろしたものという。そして彼は、河合氏が訳した上演台本について綿密に吟味していったらしい。
最初から最後まで、すべての台詞を一行一行声に出して読み上げ、ダメ出しをし、じっくりと磨き上げてくれたのだ。訳者としてこれに優る幸せはない。台詞のリズム、響き、意味、解釈にわたって、いわば《本読み》をするようにして、台詞を練り直し、鍛え直し、文字どおり萬斎監訳と称すべき実に贅沢な上演台本ができあがったのである。
ただ、「こうしてできあがった上演台本に、《演出家の》ジョナサン・ケント氏がカットした約八七〇行(全体の約二三%)を加えたもの」が最終形態なので、厳密な意味で、100パーセントの共同作業というわけではなかったようだ。
ルビッチの
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さて、ルビッチの「生きるべきか死ぬべきか」を話題にした以上、シェイクスピアの『ヴェニスの商人』と、アメリカのコメディ俳優・監督のメル・ブルックスにも言及すべきなのだろうけれど、今日はここまで!
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