「夜来たる」重箱の隅 ⑥:start が他動詞だったら… | DVD放浪記

「夜来たる」重箱の隅 ⑥:start が他動詞だったら…

 

 

 

 

 

アシモフのSF短編 Nightfall に付された序文にかかわる以下の原文と訳文(早川書房版『夜来たる』 美濃透訳)を前にして、英語弱者のわたしは頭をかかえてしまった。

 

the Emerson quotation that starts “Nightfall.” 

 

〝夜来たりなば……〟で始まるエマーソンの詩の一節

 

 

まずもって、短編「夜来たる」冒頭に置かれたエマーソンの文章の訳文は以下に掲げるとおりで、「夜来たりなば……」で始まってはいないし、原文中にも、nightfall の単語は見当たらない。

 

もし星が千年に一度 、一夜のみ輝くとするならば 、人々はいかにして神を信じ 、崇拝し 、幾世代にもわたって神の都の記憶を保ち続ければよいのだろうか 。

 

エマ ーソン

 

“If the stars should appear one night in a thousand years, how would men believe and adore, and preserve for many generations the remembrance of the city of God?” 

 

EMERSON

 

それに、「~で始まる」というのなら、ただの start  ではなく、start with ... でなくてもいいのだろうか? 

start with ... ?

 

わたしは単純に、start が他動詞で、“Nightfall.” がその目的語だったら、the Emerson quotation that starts “Nightfall.” は、【「夜来たる」誕生のきっかけとなったエマーソンの著作の一節】という意味になるんじゃないかと思うのだけれど、そういう解釈はダメダメなんだろうか?

 

Then John W. Campbell, Jr., the editor of Astounding Science Fiction, showed me the Emerson quotation that starts “Nightfall.” We discussed it; then I went home and, over the course of the next few weeks, wrote the story.

 

原文

 

そんな時、アスタウンディング・サイエンス・フィクション誌の編集長をつとめていたジョン・W・キャンベル・ジュニアが〝夜来たりなば……〟で始まるエマーソンの詩の一節をわたしに見せ、これをどう思うかと尋ねた。わたしは、かれと議論したあと家に帰り、二、三週間かけてこの短篇を書きあげた。

 

美濃透 訳

 

そんな時、アスタウンディング・サイエンス・フィクション誌の編集長をつとめていたジョン・W・キャンベル・ジュニアが、「夜来たる」のヒントとなるエマーソンの著作の一節をわたしに見せた。わたしは、かれと議論したあと家に帰り、二、三週間かけてこの短篇を書きあげた。

 

なんちゃって訳

 

英語弱者のくせに妄想癖なら人一倍のわたしは「これってそう悪くないんじゃネ?」と思い上がっていた。 (^^;

 

とはいえ、版元はSF愛、ミステリー愛あふれるはずの早川書房。かつて、あのサイマル出版会から『推理小説の誤訳』が出たとき、店頭発売日の翌日には、示し会わせたわけでもないのに、部員全員の机の上にはそれがあったという噂の編集部である。

 

 

 

 

翻訳者も英語母語話者との勉強会を重ねるいっぽう、担当編集者も真摯に原文と向き合っている(しかも、「夜来たる」はSF界の大御所アシモフの最高傑作とされる作品である)。そんな人びとが、私ごときが思いつくようなことを見逃すはずがないではないか!

 

でも……。悶々としていたわたしは、ふと思い立って、原文を Google 翻訳の「テキストを入力」欄に放り込んでみた。

◆ Google 翻訳?

 

Google 翻訳はこう返してきた! 

次に、驚異的なサイエンスフィクションの編集者であるジョンW.キャンベルジュニアが、「ナイトフォール」で始まるエマーソンの引用を見せてくれました。 私たちはそれについて話し合った。 それから私は家に帰り、次の数週間の間に物語を書きました。

 

 

 

アッチャーである。 (T-T)

さすが、早川書房だけのことはある。

Google 翻訳のお墨付きとは! (^^;

 

 

 

 

Astounding Science Fiction は、米国におけるSF隆盛の礎となった雑誌で、編集長時代(1937~71年)の初期、ジョン・W・キャンベル・ジュニアのもとで、アメリカSF界の黄金時代を支えた、ハインラインやアシモフなど多くの若手作家が育っていった。

 

ちなみに、英国作家のアーサー・C・クラークも短編「抜け穴」で同誌にデビューを飾っており(「太陽系最後の日」は2作目)、同誌の3人の編集長を時代区分とした彼の『楽園の日々 アーサー・C・クラークの回想』の原題は、「アスタウンディング時代」にかけて、Astounding Days: A Science Fictional Autobiography となっている。 

「太陽系最後の日」?

 

 

 

「夜来たる」誕生にキャンベルが果たした役割はもはや伝説的だが、今日有名な「ロボット工学の三原則」も、その骨子は、ロボットをテーマにしたアシモフの短編群を読み込んだキャンベルが彼に示唆したものだったという。

 

 

 

その後、キャンベルが疑似科学の領域にのめり込むにつれ、アシモフは次第に彼と距離を置くようになったが、終生キャンベル(1971年没)への感謝の念を忘れることはなかった。この自選短編集『夜来たる』(1969年刊)の冒頭にも以下の献辞が掲げられている。

 

 「夜来たる 」のヒントを与えてくれたこと 、および三十年におよぶ友情のために 、ジョン ・ W ・キャンベル ・ジュニアに 。そして 、アンソニ ー ・バウチャ ーとグロフ ・コンクリンの思い出に 。

 

美濃透 訳