電車の中で…… | DVD放浪記

電車の中で……

DVDを買い込んだ袋を抱えて新宿から電車に乗る。時刻は午後8時近くだ。


目の前は優先席。左端、私の真向かいに65から70歳前後の年配の男性が座った。帽子をかぶり、この陽気にはやや厚手に見えるジャケットにノーネクタイ。メガネを下にずらして読んでいるのは岩波書店の「図書」だった。そういえば、私もその昔欠かさず読んでいた時期があったのだが、そんな時代からはもうずいぶんと遠く隔たってしまったものだ。


しばらく経つと、その反対の扉側の隅に60ぐらいの女性が腰掛ける。首から老眼鏡をぶら下げ、旅行帰りらしく、座席横の下にキャンバス地の黒いバッグを置いている。右手から床に下がっているビニール袋の形からすると、その中にはペットボトルが何本か詰め込まれているらしい。


ほどなくして、そのふたりの間に老夫婦が座る。男性はきっちりしたスーツにネクタイ姿。それにくらべ、ご夫人のほうはいかにも普段着といった質素ないでたち。ご主人の用事の後にどこかで待ち合わせたのかもしれない。


私の右隣には、小学生(4、5年生?)とおぼしき男の子とまだ若そうなお母さん。男の子は本を読んでいる。岩波少年文庫なら本文をちらと盗み読めば、ある程度タイトルを当てることも可能なのだが、彼が読んでいるのは講談社の青い鳥文庫。「テンキー・ボード」といった言葉が目に入ってくるので、タイトル当てゲームは早々に放棄する。本の表紙にビニールカバーで補修が施されているようで、学校か近隣の図書館から借り出したものなのだろう。よしよし、きっといい家庭に違いない。その母親の右隣に誰がいるかはわからない(下車する際に、遠出帰りと思われる、やや中年にさしかかりぎみの男性と判明する)。


漠然と前の座席に座る人々を眺めているうちに、私の目は点になった(その時、誰かが私の顔を見てたらきっとそう見えたに違いない)。ふたりの男性の服の襟元には同じ襟章がにぶく輝いていたのだ。最近メガネの度が合わなくなっているので細部まではわからないものの、とにかくどちらも菊の花に似たデザインで、色合いも、光の反射の具合もまったく同じに見えるのだった。老夫婦がなにやら話を続けていたが、夫人がバッグから2通の窓空き封筒のようなものを取り出すと、「図書」を読んでいた男性が聞き耳を立てている様子。年金の話でもしているのだろうか。


乗り換え駅で下車した私がこの人たちと出会うことは二度とないだろう。


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買い込んできたDVDをあれこれ眺めていたが、「酒とバラの日々」でも「バターフィールド8」でもなく、また、「肉の蝋人形」でも、ワゴンセールで980円で買ったウェズリー・スナイプ主演の「アウト・オブ・タイム」でもなく、同じくワゴンで見つけた1500円の「月夜の恋占い」を見ることにした。


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月夜の恋占い