男子なら誰でも通る道・・・
というのがあると思う。
その道を提供してくれた美しい人の存在に、とても感謝している。
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恋愛に限った話ではないかもしれないが、失敗したり、こうしておけば良かった・・・という悔しい思いがあり、次の行動につながることが多いのだ。
かわいいなぁ〜と思う人が現れても何もできずにへこむ。
次こそは!と思い、気になる女性に勇気を出して声をかける。
試行錯誤を繰り返し、フラれても立ち直りがんばる。
やがて、ベストパートナーと出会う。
美しい人は、今のオレの幸せの第一段階に出会ってくれた人だと思う。
僅かなオレの恋愛経験から考えても、女性は、見た目ではないということを知ることもできた。
むしろ、(本人には言えないが)別にこの人、美人ではないよな…。けど、何で好きなんだろう…?
という人の方が返って深みにハマり、フラれても後を引きずることがある。
そんなことも学ぶことができた。
人生に無駄はなく、美しい人にオレは、“何もできなかった”というのも今の幸せの為に必要だったと思う。
多くの人は、中学生や高校生くらいの時期に、気になる異性がいても、自分に自信が無くて、何もできずに後悔するという段階を経験するのだろうが、恋愛奥手のオレは、これくらいの美人と出会わなければ、第一段階に立とうと思えなかったみたいだ。
この第一段階があったから、後に、今の嫁と出会うことができ、今の幸せがある。
だから、美しい人には、とても感謝している。
今年もあと一ヶ月か・・・なんて思っていたある日、美しい人が亡くなったという連絡が入った時は、すぐに事実を受け入れることができなかった。
若い頃からの持病が悪化し、半年前から入院していたらしい。
容態が悪化し、心肺停止になり心臓マッサージもしたが、意識が戻ることは無かった。
オレは、どうしてもお顔が見たくて、共通の友人と共に、通夜に向かった。
美しい人とは、もう10年以上会っていない。
お互いアラフォーになり、オレは久々に美しい人の顔を見ることができたが、美しい人は、柩の中で眠っていた。
咲き誇る花は、散るからこそに美しい。
オレの人生に、美しく咲き、美しいまま散っていった。
オレは若い時から、美しい人の顔を、美し過ぎる故に直視できなかったが、静かな微笑みをたたえ柩に眠る美しい人は、この世の物とは思えない美しさがあり、この時でさえ、まともに見ることができなかった。
人生は、平等にできていて、何かを得れば何かを失い、何かを失えば何かを得るというけれど、まさに、美人薄命、美人薄幸の美しい人は、美しさと引き換えに、何かを失ったのだろうか。
それならば、格差社会の水の底でもがいていると思い込んでいるオレは、もしかしたら、この妖艶な美しさを放つ死顔と同じくらい、美しい人生を歩んでいるのかもしれない。
若かったから晩年と言っていいのかわからないけど、美しい人の晩年は幸せだったのだと信じたい。
2度目の結婚をしてから、夫婦仲はとても良かったらしい。
長男である旦那との子供を熱望し、決して強くない体を押して、遠方の病院に、痛みを伴う辛い不妊治療に毎週通い、遂に子供を授かった。
更に、自然妊娠でもう1人出産する。
美しい人は、最高の幸せを手に入れ、旦那と子供の為に生きれる喜びの最中、38歳で病気で倒れてしまう。
葬儀は、親族と僅かな友人しか参列していなかった。しかし、葬儀に淋しさは無かった。
友人に聞くと、美しい人は、家族や身近な友人をとても大切にする人で、狭く深い付き合いをする人だったらしい。
自身の能力の許容を知っていて、本当に大事にすべき人を、全力で大事にする。
愛する人の為に生き、できる努力は全てやり、己の命と引き換えに、二人の子供をこの世に残した。
この様な女の生き様も美しい。
美しい人は、見た目だけではない、外見以上に心の美しい人だった。
葬儀に参列した、数人の友人達は、涙を流し別れを惜しんでいた。
美しい人が選んだ人間関係のほんの僅かな隙間に、オレが入り込めて本当に良かった…。
男子なら誰でも通る道・・・
というのがあると思う。
その道を提供してくれた美しい人の存在に、とても感謝している。
美しい人と出会わなければ、今のオレの幸せは無かった。
さようなら。美しい人。
出会ってくれて、ありがとう。
来世で、またお会いしましょう。
今度、お会いした時は、冗談の1つも言えるようにしておくので、オレとおしゃべりしてください。
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