少年隊アルバム「Heart to Heart 5years少年隊...そして1991」(1990)より10曲目。
作詞:枯堂夏子 作曲:西司
かっちゃんメインボーカル
どうもこのアルバムのかっちゃんメインボーカルの曲は「氷の国」といいこの曲といい外れくじに感じる。
この曲は何度も聴くうちに割と覚えやすい曲ではあるものの、なんともいえない不快感も同時にもやもやとわきあがってくる。
「愛は続けることに意味がある」に入れたらよかったんじゃないか、という雰囲気の歌詞の世界。当時のバブル女性などへの皮肉を歌っているのだろうと推察するが2021年の今聴くと次の選曲に「うっせえわ」を入れたくなる。
「うっせえわ」もそれはそれで嫌いなんだけど。
逆に
1990年当時にこの曲を聴いてもきっと何も感じなかったと思うし、当時のバブルのお姉さんたちをキャラクター的に見ていた側面もある。自分が大学生から社会人になった2000年代にこの曲を聴いたらどう感じたかな。売れなそうな曲だな~で特に歌詞まで感じなかったかもしれない。それとも「負け惜しみの歌か?悔しいのうwww」ってネタ的に笑えたか。
当時この曲をどういうつもりで作って少年隊に歌わせたのかは知りたいところ。笑うところなのか皮肉なのか啓蒙なのか。
2021年の感覚からすると、けっこうな男尊女卑の世界観が根底に見えて不快感が沸き立つ。
この歌から感じることってようするに女は男(恋愛)に夢中でふりまわされててバカの立ち位置でいることが望ましく、そうじゃない力を手に入れて堂々としている者は可愛くないので意地悪をする男社会のねちねちとした底意地の悪さのような世界観を感じてしまうのだが・・
この手のおじさんの説教って、「人としての可愛げの大切さ」というより、自分(男)が優越的地位にいられないことへのうっぷん晴らしの意地悪だろ、と思う。
多くのおじさんの本音は文化的な育ちの背景からもいまだにこれだと思うが、現代社会でこれを少しでも匂わせたら糾弾されかねないので、普通の常識人はこんなこと思っていないかのようにふるまうのがマナーもなっている。だから丸出しにする人はそうそういないけど(しかしたまにいる)。
そしてそのようなことに目くじらをたてないのが大人の女性のマナー、のような時代が長く続いたがここ数年目くじらは立てたほうがいい風に風向きが変わっている。黙って大人のふりして流してたら、やる側のやりたい放題になる。だから「それおかしくない?」ってわざわざ言って場を凍らせてみることはある程度必要なのかもしれない。
ほんと最近思う、大人のふりや冷静なふりすることがスマートだなんて刷り込みにだまされて黙っているとおかしなやつのやりたい放題にされるだけ。ちゃんと主張して場を凍りつかせることも今後のためには必要だ。
バッハに会ったら「お前自分勝手すぎだろ」ってわざわざ言ったほうがいい。