2014年8月くまろく←の部屋~6thシーズン~
初めての人にもわかりやすく説明しますと・・・。
毎月18日は、黒い幕の人ことくまろく←の自由枠という訳でw。
毎月思った事、感じた事をすらすらつらつらとwww書いていこう~という。
フリープログラムな1日でして。ベアーズは今日は出ません。
ある意味ですが、偶の1日くらいは期待を裏切りたいwそんな心境に
なれる1日と思ってご了承ください。お付き合いいただけるそこのあなた!
いつも、本当にありがとう!
UST配信やTwitterでも触れておりますが。
本当の意味で”お疲れ様”という言葉の使い所や使う相手とか、その資格
的なものを切り取って考えてみようと思った次第でね。
これはある方のことですが・・・。
例えば1年間通して・・・。
週5日間 8時間労働 50週勤務=250日×8時間勤労
した人と。
週1日 8時間労働 50週勤務=50日×8時間労働
した人と。
で、どっちがお疲れ様と言うべき相手かな?ってことね。
もちろん仕事の中身や、貢献度合いにもよるでしょう・・・。
ですがあえて訴えたい!
次々と仕事やその中身を転々と流転して、2年と続かない仕事しかして
いない。いわばフリーター同然の芸能生活も含めてだが。
見えない苦労もそれなりはあるんだろうが、それは大小問わず皆同じ
事であって。その人一人だけが苦労している訳じゃない。
そこは平等なのに。本当にそんな状況下で他人様から
”お疲れ様”と言える様な仕事を残せたのか?っていう事。
もちろん、それをみてお疲れ様という意識が芽生えてその人へ
”お疲れ様”という事には何のやぶさかではない。
それはそうと感じたら”お疲れ様”と言えば良いんであって、お涙頂戴と
もあれば好きなだけ泣けばいいんだ。
誰がとがめる出来事ではない。
であるならば、もっと苦労を労うべき相手がそれ以上にいて、5倍以上の
苦労をしている人がいて。
その人へ向けて労う”お疲れ様”の後者の5倍はあったいいはずなのだ
が・・・。
その肝心な労う人(ファン)の殆どは、見てみぬフリだ・・・。
しかも、おくびにも労われる方も、辞める事を何を勘違いしたのか?
”お祝い事”と思っているフシがあって。
あれ辞めます、これ辞めます。ユニット解散します、事務所離脱します、
店辞めます等など・・・とブログやツイッターに書けば。
ファンが寄ってきて、花束だ寄せ書きだケーキだと持ってきてくれて、
お疲れ様だの、ご苦労様だのオンパレードが開始される。
まあ一応芸能人という訳だから、とりあえず”人は寄ってきますけれど
ものね!”どんな状況であれ・・・。
ブログやツイッターには素敵女子を色取るように、お祝いの賛辞が並んで
自分は自分でやりきった感を演出しているけれどもね・・・。
それが終われば終わったで、友達同士で慰労会かなんなのか?
レストランでフルコース食べてきただの、友達から同じバックを貰っただ
のなんだのと・・・誰も聞いちゃいないのに自分の生活水準を自慢する
ブログ記事あげてご満悦に浸ってみたり・・・と。
大変申し訳ありませんが・・・。
一つの仕事に3年も続けられない人が辞めるというのは、ある意味では
その仕事での敗北を意味するほど。まだまだ価値にも評価にも値しない
くらいなのに。
3年もできないのならば、辞めるとか、あと引退するとかという言葉を使って
欲しくない。
むしろ尻尾巻いて逃げるくらいに、もう少し蔑んだ表現であるべきだ。
辞める=お祝い。と思っているからよりめんどくさい。
先日、3年続けた演劇シリーズを完結へ結びつけ。
あるいは、10年続けてきた活動のお祝いだったり。
その場面を何度も見るに、立ち会うたびに。彼等が流した涙にこそ、真の
価値があって。真珠よりもプラチナよりも輝かしいだけの価値があるはず。
それにこそ”お疲れ様でした””ご苦労様でした”という言葉こそ、その業績へ
添えるべき最大の花束であっていいはずだろうし。
4ヶ月仕事しただけで休みますとか、離職しますとか。
1年ももたないであれ辞めるこれ辞めるっていう人に、”お疲れ様”という
言葉を使ってほしくないという事です。
やるべきそれぞれの持ち場にて、本日も奮闘してください。
みなさん。
一応報告ですが、黒い幕さんは。
今の仕事一本だけを20年間、まっすぐ続けております・・・。