昨日(5月17日)の朝方、不思議な夢をみました。
一級河川の様な少し広い川には左右が少し高さがある土手になっていますが、夢の中で、私が立っている場所はどうやら石造りの土手の様な形になっている様でした。
土手の様な形ですので、私が立っているこちら側と向こう側と言う様に対になっています。
私はその片方の場所から向かい側を見ているのですが、ヨーロッパの修道院🕍🕌にある石造りの回廊の様に、ガラスの無い大きな窓の様になっており、その規則正しく並んだ窓と言うのかバルコニーにはアセンデッドマスター達の石像が並んでいました
多分、私が居る側も同じ様な作りになっているのでしょう。
この不思議な建物が気になる様な、何となく懐かしい様な気持ちで見ている私がいました。
この土手の様な形をした石壁の間は、かつて川だったのかすっかり干上がって乾燥していました。
そこで私はこの元は川があったであろう場所に降り立ち、よくよく見るとそこは何故か参道になっているんですね。
そして、その参道は沢山の人達が、その先にある神社にある様な朱色の門⛩️に向かって進んでいました。
私もその人波の中にいるのですが、私の周囲にいる人は、昔教科書に出ていた「鳥獣戯画」の様なタッチで描かれた絵なんです。
サザエさんに出て来る浪平さんではありませんが、頭の両脇だけにボサボサッとした髪があって、着物の前がはだけお腹を出しながら嬉しそうに踊る様な足取りで歩いていたり、私の前や後ろに沢山人がいるのですが、色とりどりの光で輝きながら…でも、私の近くだけ透明な人の形の中で光が輝て見える…進んでいるんです。
私は誰かと一緒にいるらしいのですがその人の姿が見えず、私はこの流れに入っていくのは間違いの様な気がして引き返そうとするのですが「そのまま前にお進み下さい」と言うアナウンスが聞こえるので、私もその光の後を付いて流されるまま進むのですが、ふと気が付くと私だけ何故か住宅街に出ていました。
私の目の前には幹線道路🛣️が広がっており、その向こうにはショッピングモール等、街並みが広がっています。
私は背後にある住宅地に向かって歩いていくと、その狭い道には私が本社の管理本部に在籍していた時に親しかった仲間達がいました。
夢の中で、どうやら私は何かお手伝い…何かの受付とか…の帰りで、上司や仲間達と食事をして帰る事になったらしく、線路の向こう側にあるお店に向かっているところでした。
そして、皆でビールを飲んだり、〆に今流行の高級ラーメン(割烹プロデュースの様なあっさりした)が出てきたところで目が覚めました。
夢のシーンが急に変わったり、思いがけない人が出てくるのはよくある事です。
朧気ながら変な夢だったなぁ、と夢を思い出していくと、神社の楼門に向かう光たちはもしかしたら亡くなった人達なのかな?神社の参道に見えたのは三途の川だったのかな?などと縁起でもない思いが浮んだのですが、ここで二度寝をしてしまい、そのままこの夢の事は夕方まで思い出す事はありませんでした。
さて、夕方、そろそろスマホの充電は終わっただろうとメールを開いたところ、届いていたのはテポロハウ長老の訃報でした。
前日、3月16日に、長い闘病生活の末、とうとうワイタハ族の長老、テポロハウ長老が逝去されたとの事。
3月の下旬頃だったか、日本に滞在中に長老の持病が悪化して昨年の晩秋から入院されているという連絡を受け取った事がありました。
テポロハウ長老は元々心臓に持病をお持ちでしたが、数年前に起きたコロナ禍の際、ニュージーランドではロックダウンが行われたのですが、それまで心臓病の悪化を防ぐために長老は散歩を日課にしていたそうですが、その散歩も庭先を少し歩く程度しか許されず、一気に心臓の状態が悪化してしまったとの事でした。
一昨年、長老にお目にかかった時も、数か月前まで微熱が止まらず最悪の場合セッションやお話会は中止となるか、感染症を防ぐためマスク着用で行うと言った事もありました。
私は、テポロハウ長老の勧めで、長老のヒーラーでもあるJ先生のヒーリングスクールを受講し、卒業したのが昨年の9月ですから、もし一昨年長老に会っていなかったら、長老の体調が悪くなるのが早まっていたら…と思うと、何だか長老はご自身の予定を全て終わらせてから旅立たれた様な気がします。
テポロハウ長老は一昨年辺りから都市伝説系のYouTubeにも招かれて出演される事もありましたが、背景には長老と同年代の他の部族の長老達がどんどん亡くなられている事に、これ迄はワイタハ族の中だけで語り継がれていた金龍と銀龍の関係の話等もどんどん表に出していく必要があると案じての事だったそうです。
その話を伺った時は、いくら長老が高齢であるとは言え、まだまだずっと先の事だと思っていたのですが…。
長きに亘って、例えば富士山のエネルギーがおかしくなったり、南海トラフ地震ではありませんが、何か日本の磁場に異変があると感じられた時は何度も日本にいらして祈り、磁場を整えて下さった長老。
テポロハウ長老は最後の龍の守り人(ドラゴンケアテイカー)なのですが、ワイタハ族の重臣でありながら、伝統を重んじつつ現代的な要素を上手にミックスされるとてもスマートな方であり、お茶目で可愛らしい、でも、とても大きな愛の人でした。
何にでも話を引っ掛けようとしているのかも知れませんが、何となく長老が沢山のイルカ(長老はルカ族でもあります)や龍や精霊達と一緒に光の世界に向かう事を、あの様な夢で下りて来たのではないかと思ってしまいました。
テポロハウ長老に初めてお目にかかったのは、もう10年位前の事です。
陶彩画家の草場一壽さんが長老とお知り合いと言う事で、ギンザベルエトワールさん主催のお話会でニュージーランドの銀龍と日本の金龍が兄弟だと言う話を伺った時以来、その後も、時折お話会でお姿を拝見する機会がありました。
中でも、長老と思い出深い話は長老とのセッションの時の事です。
長老は私の前の方で、今日のセッションは終わりだと勘違いされ「今日はこれで終わりだ。早く帰れるぞ」と思ったそうです。
しかし、もう1人いると聞いて「なんだぁ、早く帰れると思ったのに…」と思ったとの事🤭
でも、私とのセッションが始まる前にトイレに立った時、座って待っている私を見かけて、何か懐かしい感じがしてシリウスで一緒だった事を思い出したと言うお話です。
「貴女が最後で良かった」と笑いながらお話して下さいましたが、私も「早く帰りたかったところすみませんねぇ」とただただ笑うしかなかった事は楽しい思い出です。
あっ、それとあともう1つ。
これはナイショの話ですが、長老は立派な杖を使っていらっしゃるのですが、初めてのお話会の時にワイタハジャパンの方から、先住民族の中でも杖は誰もが持てるものではないのだと伺った事があります。
中でも長老がお使いになっている様な立派な杖を持っている人はニュージーランドの中でも殆ど見かける事はないのだとか。
ところが、長老のセッションの後、一緒に記念写真を撮って頂くのに、足が悪い長老を動かせてはいけないと長老のいらっしゃる方へ移動したところ蹴とばしてしまった😱と言うか…足が長老の杖に当たって倒してしまったんです。
慌てて杖を起こして気付かれずに済みましたけど。
杖にはおいそれと触れる事は出来ないらしいのですが、確かにずっしりと重く、でも触り心地の良い長老の杖でした😊
ご自身の健康を押してまで、何度も日本とニュージーランドの架け橋をして下さり、日本の為に祈りを続けて下さったテポロハウ長老。
これからは私達1人1人がレディ・ガイアと協働して地球を安定させていく番です。
その為にも、些末な事に心を乱さない様に、自分の中心に向かって軸を整えていく事に精進していきたいと思います。
龍の守り人がいなくなってしまった事はとても残念です。
右にいるのが私。
写真の後ろの方に立てかかっている茶色の棒が長老の杖です。
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