ラノベ「双頭の鷲―ハプスブルク家物語―」
皇妃エリザベート⑧~幼過ぎるフィアンセ~
ウィーンからは手紙や贈り物が沢山届いたが、同時に大公妃からの叱責や指示書も山の様に届いた。
ポシーの館では高価な贈り物の数々が所狭しと並べられたが、嫁ぐ日が近づくにつれシシィから笑顔が少なくなっていった。
これから自分が背負う立場がどれ程大きなものなのか、シシィの想像を遥かに超えていた。
ゾフィーの要求は容赦なく、シシィの身だしなみにまで事細かに言及された。
例えば…
シシィは生まれつき歯が弱く、若干黄色味がかっていた。
「シシィ!貴女、ちゃんと丁寧に歯を磨きなさい。そんな黄ばんだ歯をして。どうせ、ロクに歯磨きもしていないんでしょう。宮廷にはその様なだらしのない女性はいませんよ!」とこんな具合だ。
勿論シシィは言われなくとも丁寧に歯を磨いていた。生まれつきなのだから仕方がない。
それでも大公妃からの指示注文は絶対だ。
シシィは素直に返事を書く。
すみません大公妃殿下。
これからはもっと丁寧に歯を磨きます。
お義母様から認められるにはどうしたら良いの?
「あの方が皇帝ではなく、仕立て屋か何かだったら良かったのに…」シシィはため息をつく。
「フランツィー、私、貴方と結婚する自信がないわ」
シシィはとうとう皇帝に泣き言を言ってしまう。
「ちょ、ちょ、ちょっと、ど、ど、どーゆーこと?」
やっと口煩い母親を説得して婚約に漕ぎ着けた愛しのフィアンセだ。
ここで破談になったら身も蓋もない。
フランツ・ヨーゼフは慌ててシシィに手紙を書く。
この後も、フランツ・ヨーゼフはシシィから送られてくる手紙に、どことなく元気がない事を心配し、忙しい仕事の合間を縫ってポッセンフォーフェンにいるシシィの元に会いに来るのだった。
「シシィ!久し振り。何だか元気がない様だけど大丈夫かい?また母上が厳しい事を言ったんだね⁈」
元気が無かったシシィも、フランツ・ヨーゼフの顔を見て元気を取り戻す。
「ううん、大丈夫よ。大公妃殿下は私の為を思って厳しくされているんだもの。正直、貴方のお嫁さんになる自信を無くしていたけど、貴方の笑顔を見ていたら元気が出て来たわ」
その後も、ゾフィーからの注意やこれから自分が背負う地位に押しつぶされそうになると、フランツ・ヨーゼフが励まし、また前向きな気持ちに戻る、それの繰り返しだった。
大帝国に嫁ぐ事を前に怖気づかない女性はいないだろう。
しかし、若いとは言えシシィの幼児性はこの様なところにも表れている。
先述した様に、シシィの元には豪華な宝石や絹織物、毛皮等、数々の贈り物が届いた。
この時期の皇室からの贈物は愛の証と言うよりは、嫁入り道具の足しとなる品々だ。
実際、シシィと皇帝の結婚の際、シシィが持参する嫁入り支度が宮廷の仕来りに沿って宮廷貴族に公開された。
それを見た招待客達は、
「フン、貧相だな。皇妃の嫁入り支度がこの程とは。やはり、ヴィッテルスバハ家の貧乏貴族の娘では、これがやっとと言ったところだろう、はははっ…。」とシシィの嫁入り道具を侮蔑したのだった。
それでも、テーブルに並べられたシシィの嫁入り道具の大半は、宮廷から寄贈されたものだったのだ。
しかし、シシィはどんな高価な宝石をプレゼントされても興味を示さなかった。
ある時、機転を効かせたフランツ・ヨーゼフがシェーンブルンの動物園にいるオウムを1羽、シシィにプレゼントをする事にした。
「ねぇ、ねぇ、見て、見て! この子ね、首の傍を撫でると気持ちよさそうな顔をするのよ!」
シシィが唯一大喜びをした贈り物がこのオウムだった。
ピュアと言えばピュアなのだが、この様な純粋な娘がハプスブルクと言う大帝国を皇帝と共に背負うには余に幼過ぎた。
いや、もしかしたら、感受性の強いシシィの事だから、贈り物を見る度に自分の背負う責任の重さに圧倒され、これから始まる人生に希望が見いだせなかったのかも知れない。
真実は本人のみぞ知るではあるが、シシィは単にフランツ・ヨーゼフを愛したのであって、年若いシシィには、皇妃の座は重荷でしかなかったのだ。
季節は廻り、やがて嫁ぐ日が来る。
一家は結婚式の為、ドナウ川を船で下る。
最初の内は、川岸の風景を見て姉や弟と笑っていたシシィだが、ヌスドルフを過ぎ、帝都に近づくにつれ、シシィの顔から笑顔が無くなっていった。
その内、花嫁の姿を一目見ようとする村人達の姿が増えるとシシィは無口になっていく。
それどころか、船を降り、宿泊先であるシェーンブルン宮殿に向かう馬車の中では、シシィの顔色は青ざめ、号泣する迄になっていた。
つづく