現代でも知らぬは本人なり、と言う事はありますが、カトリーヌとアンリの結婚式に出席した宮廷の誰もがアンリとディアーヌの関係は知っていた筈です…って、言うか知らない筈ないよね〜。
ショーモン城
結婚式の当時日に夫には愛人がいる事を知ったカトリーヌのショックは相当なものだったでしょう
「自分は若い。年増女の事なんて直ぐに夫の心から振り払う事が出来るわ」
あの時、そう思った自分が、実は出席者全員の前で生き恥を晒していた事を思うと、憎んでも憎み切れなかった筈です。
そして、その憎しみは結婚生活が始まると更に重くのしかかって来たんです。
カトリーヌは王妃と言えども名ばかりの事。
宮廷の中心は、あくまでもアンリとディアーヌで、事実上の王妃はディアーヌでした
カトリーヌは美しいシュノンソ城を喉から手が出る程欲しがりましたが、シュノンソ城を与えられたのはディアーヌ。
カトリーヌにあてがわれた城は薄暗いショーモン城でした。
そして、王族としての序列ばかりか女としての序列もディアーヌとは比べ物にもならない位。
ある時、女官達がディアーヌの部屋の真上にある部屋に忍び込み、床に開いていた穴からディアーヌとアンリの秘め事を覗き見をして、大笑いをしていた事があったのだそう。
のぞき見する方がよほどはしたないと思いますが、侍女達から「王妃様もご覧あそばせ。あの女の顔ったら…」と笑いながら、カトリーヌを誘ったのだそうです。
尤も、夫とその愛人が一緒にいる所など見たくもないと同時に、一方で、ライバルにたいする好奇心に負けたカトリーヌは、侍女達の誘いに載ってしまったんです。
その瞬間…
カトリーヌの胃のあたりがギュッと掴まれたかと思うと、何とも言えない悲しみが重りの様にのしかかって来ました。
と言うのも、カトリーヌの目に飛び込んで来たのは、夫とディアーヌの愛に溢れた場面の数々
自分は一度だってあんな風に情熱的に愛された事などなかった…
カトリーヌは、いかに自分が愛されていないか…夫が自分の元に来るのは、君主としての義務にしか過ぎない事を思い知ったのだそうです
他にも、アンリとディアーヌが住むシュノンソの城には、アンリの頭文字Hとディアーヌの頭文字Dが絡み合ったイニシャルが壁のあちらこちらに埋め飾られていて、そこには自分の居場所などどこにも無かった・・・・自分に求められたのは、世継ぎの為に、ただ腹を貸す為だけだったと知ったカトリーヌは嫉妬に苦しんだと言われています。
勿論、カトリーヌの事など眼中にないアンリですから、カトリーヌの寝室には行きたがらない。
そこで、ディアーヌが人肌脱ぎ、二人でたっぷりと愛し合った仕上げに、グズるアンリをカトリーヌの元に送り出すと言う。
ここまで夫にコケにされても、アンリの心を振り向かせたいと思うなんて、健気と言うか自己愛が低いと言うか、執着心が強いとでも言うのか・・・諦めが悪いぞ!カトリーヌってもんです
当然(?)中々子宝に恵まれなかったカトリーヌは、占いやおまじないを次々と試し、懐妊出来る様ガマ蛙の死骸を腰紐に結び付けていたのだとか。
さて、苦渋に満ちたカトリーヌの結婚生活ですが、やがてノストラダムスが予言した通りアンリは世を去ります。
当時の娯楽、騎馬試合では勝った者が敗者のハンカチを槍の先に着け、愛する女性に戦利品であるハンカチを捧げると言う習慣がありました。
う~ん、ロマンチック
この時も、アンリは勝利のハンカチをディアーヌに送ったのですが、最後の試合で勝ったとは言え、勝負に納得が行かなかったアンリは再試合を申し込んだんです。
この試合でアンリの死を予言されたカトリーヌは、涙ながらにアンリに試合を止める様止めるのですが、言う事を聞かないアンリは相手の折れた槍先が右目に刺さり、その傷が元で息を引き取ったんです。
最後までディアーヌの名前を呼びながら・・・・。
さて、アンリの死で震え上がったのは、ディアーヌの側近達
あれだけアンリが王妃をコケにしたのですから、いくらディアーヌに非はない・・・事実ディアーヌはカトリーヌに対して何も無礼は働いていなかったのですから・・・とは言え、タダでは済まないと震え上がったんです。
ディアーヌは死刑。
側近も死刑・・・・罪が軽い者でも、拷問、財産没収、追放は免れないと思ったんですね。
当然、ディアーヌも自分は殺されるだろうと腹をくくったのだそうですよ。
でも、カトリーヌがディアーヌに要求したのは、美しいシュノンソの城を明け渡す事。
ただ、それだけだったんです。
シュノンソー城
カトリーヌは非常に頭の良い女性です。
ディアーヌに復讐するのは簡単です。
でも、ここでディアーヌに復讐をしたらそれを恨みに持つ連中から自分も殺されるだろう、と察したんですね。
そもそもカトリーヌは背水の陣同然でイタリアからお輿入れをした身。
もう、イタリアには自分の帰る場所はなかったし、帰っても捕虜同然の暮らしが待っている事が分かっていたので、何がなんでもフランスに残らなければならなかったんです。
そして、フランスに残る為には、自分に対して愛の無い男の子供を産む事。
これが、カトリーヌが実権を握るまでの彼女の生活だったんです。
うう~っ、辛い!辛過ぎる
だから、どんなに辛くても、恥を晒しても、フランス宮廷で生きるしか無かった。
それこそ、溺れるのが嫌なら泳ぐしか無かったんです。
幼い頃から苦労続きで、波乱万丈の人生を生き抜いてきたカトリーヌですから、自分の苦労だけではなく相手の苦労も察する気持ちの深さも持ち合わせていたのかも知れません。
確かにディアーヌは憎い。
でも、よくよく考えて見れば、ディアーヌの行動のどこに非があっただろう。
自分に対して何か嫌がらせをした事はあっただろうか・・・・・。
嫉妬心と悔しさが渦巻く胸中のそのまた更に奥深くを覗けば、自分に対して敬意のかけらも示さなかったのは亡き夫アンリと側近達だけだった。
ディアーヌも自分もアンリを中心とする人間模様に踊らされただけだ。
それでも、自分が苦しんだ年月を思えば憎んでもあまりある相手ですが、そこをカトリーヌはぐっと堪えたんですね
二度と自分の前に姿を見せるなと・・・・。
尤も、旧教と新教の争いがドンドン熾烈になって行き、義理の息子アンリ4世を国王に立てるには余りにフランスを不穏で亡き夫の愛人なんかに構っていられなかったのかも知れませんね。
いずれにしても、愛や女性としての幸せを求める少女から、政治という大舞台を相手にする女へと成長を遂げたのでしょう。
私、思うんです。
これが男性君主だったら、絶対に恩赦はしなかったんじゃないかなぁ、って。
昔は、君主の風向き一つで人間の命を奪われたり、何とか生きながらえたとしても生き地獄の様な生活は当たり前だった。
それだけに、一時の感情に任せて相手を罰して報復を受ける事や、その子孫が大変な目に遭う事は稀ではなかったと思うんです。
カトリーヌはそこ迄見抜いて、許したんですね。
怒りは怒りを。恨みを果たそうとすれば新たな恨みを買う。
カトリーヌは決して血も涙も無い鬼の様な女性ではなく、自分の子供達や罪の無いモノが余計な血を流さない為には自分を抑える事が出来る女性でもあったのだと思います。
バルテミーの虐殺等カトリーヌの時代には多くの血が流されたり、王朝を守る為には人を殺める事も辞さない時代でした。
時代の流れでどうしようもない、トップとして責任をかぶらなければならない・・・・その為に悪役となった。
勿論、これは考察の1つですが、歴史の表側だけでは読み取れない1人の人間としての悲哀がそこにあったと思うんです。
※写真はお借りしました。