あえて少し手前で降ろしてもらう。いろんなことがありすぎて、冷たい夜風にあたりたかった。キリキリと冷える温度。吐く息は白く手はかじかむ。タバコを探すより、ポケットに手をねじこんだ。

手の先に当たるのはミントのタブレットケース。2、3つ口に放り込んで噛み砕いた。

ふと上を見上げると、一つだけ明かりが点いている窓。誘うように煌々と。草木も眠るこの時間なのに。

わかってる。彼女は待っているはず。…すべてを見通した上で。


内装に金をかけた豪華なエントランス。ホテルのロビーを彷彿させるような。レプリカではあるが名画が並び、グランドピアノまで置いてある。

吹き抜けをぐるりと金をあしらえた手すりがつたう。赤い絨毯をゆっくりとのぼる。

奥から三番目。部屋番号を確認する。チャイムも鳴らさず、ドアノブに手をかける。

カチャリ。音もなく開く。

『やっぱり来てしまったのね』

目の前にいるのはリコであり、リコではない。固い表情に冷たい微笑。まるで別人。泣き上戸で、明るい笑顔のリコじゃない。

「こうまで人は変われるんだな」

『座って?』

イタリア製の仕立てのいいソファーに浅く腰を降ろした。いつでもアクションを起こせるように。

ガラステーブルを挟んで向かい合う。時おり垣間見えたのは、この表情だったのか。人から感情を全て無くしたような表情。そうちょうどこの季節のように、冷たい零下の表情。…冷たさも突き詰めると、美に至るのかもしれない。ブルーローズ。人の手では造ることのできない青いバラ。

『あなたはやっぱり見込んだ通りの人ね。普通はここまで来れないわ』

皮肉めいた響き。俺は最初から試されていたのだろうか?

「見込み通りか…いつからだ?」

『もちろん一目見た時からよ』

恐らくは嘘だろう。簡単に信じてはいけない。ライアーゲーム。勝者は正直者ではない。

見えない駆け引き。無言の中、ただ見つめ合う。微妙に届かない距離がもどかしい。

「きっと君のことだ。ディスクにも気がついていたんだろう?」

『勿論ね。あなた用のトラップではなくて、あたしなりの用心だったのだけど』

細く透明なナイロン線をCDケースにクルリと結び付け、ライターで軽くあぶった。言うなれば簡易的な"鍵"。暗闇ならわかるはずもない。


「見事に踊らされていたわけだ」

『…そうね。楽しかったわ、久しぶりに』