夕方から、心が重くて、辛くて辛くて、どうしょうもない感じが襲って来ました。


これ、経験ありです。


46歳でパニック障害を発症し、そこから軽度の鬱になった時、ちょうど、こんな状態でした。


「笑っていいとも」を見ていて、悲しくもないのに、突然、涙がボロボロと流れてきて、何故泣いているのか、自分でも分からない。


これは、おかしいわ……と思い、心療内科を受診しました。


そこに至るまでは、心療内科というものに偏見もあり、なかなか受け入れない自分がいました。


子供達は、中学生辺りだったと思います。


読み書きの出来ない主人を抱えて、頼りになる人は誰もいない。


主人とはお見合い結婚で、読み書きが出来ない、健常者とのボーダーとは、思いもしませんでした。


父親と母親の両方の役目を果たさなければならない。


末っ子で父に溺愛されていた私には、その時からキャパオーバーでした。


それでも現実は容赦なくやってきます。


いろんな事を乗り越えて、ここまで来ました。


今の私の状況は、次女の「膠原病の疑い」から来たものでしょう。


そして、先日の次女の救急搬送。


その時、担当してくださった救急の先生に「お家に連絡してきてもらう?」と聞かれた時「母は熱を出して具合が悪いんです。父は発達障害で来ても会話も成り立ちません。緊急でなければ自力で帰ります」と答えたと。


父親はいないも同然という事になります。


それを聞いて先生は、どう思われたでしょう。


返す言葉がありませんよね😥


いざという時、何にも出来ない父親の存在。


2人の娘が結婚しないのも、父親に起因しています。


私は重大なミスをおかしてしまったような気がして仕方ないのです。


勿論、主人の存在がなければ、娘達とも出会えなかったし、娘達の人生もなかったのですけど。


娘達ももう40代になり、これから先の人生で、いずれは大きな浮き沈みを経験するでしょう。


その時に家族の存在がない……というのは、とても辛い事。


まあね、今の私だって家族はいるけど、頼れる人はいない、自力で乗り越えるのみ、なんですけどね。


ここに、連連と吐き出せる事は大事な場所を得た幸せと言えます。


みんな、それぞれ大変を抱えて生きてる。


頑張らなければね。


私、負けるな!