青年の名はオカ・コウイチと言い、二十歳になったばかりだという。


実は研修会に参加した初日、道場宅へ泊るため、終了お参りまで御神殿に居て、掃除やら後片付けを手伝っていた私に、声をかけてきた青年がいた。


その少年はM島高校の一年生で、名をワカマツと言った。


ワカマツ少年はとても親切な好青年で、真面目な優等生を絵に書いたような人。


この日も日雇いのバイトに出掛けた帰りに道場に寄ったという。


実は、この日雇いのアルバイト先というのが、何と偶然にも父の勤め先であり、父と顔見知りだったのであるが…この時はまだお互いに何も知らなかった。


彼は家庭の事情で苦学生であり、学費に食費、生活費を稼ぎつつ、全日制の高校に通っていた。


親は酒乱で母はなく、幼い弟や妹がいて、その面倒も見ている。


そんなワカマツ少年を支える拠点長は、自宅の居間を開放して道場にしていて、Y田お浄め所と言った。


彼とは親道場が同じだが、拠点が違っていたので、研修を受けにきた私を見つけ、声をかけたらしい。

そんなワカマツ少年に外見だけはよく似た男、それがオカ・コウイチだった。


この男、実は二日目の夜に会っている。


声や仕草などが違うが、外見の印象がとてもよく似ていて、見間違えるほどだった。


ただ、この男は性格に難があり、直感でヤバいと感じた。


そのヤバい男に私は目をつけられる。


この男、我が家と同じで母子家庭だが、高校は中退して日雇いの仕事をしていて、やはり家の父親の職場にも行っていたらしい。


その相棒が同級生でナカモトというナンパ野郎だ。


ナカモトは高校卒業後、地元に就職し、母と妹の三人暮らし。


このメンバーと会っているのだが、私は最初に出会ったワカマツ少年を兄のように慕うようになる。


何故なら、この三名の中で唯一まともと言える青年だから。




さて、ユキが受けた道場は主幹道場と言い、さらにその上に位置する道場になる。


そのため、彼等はユキを見て私と勘違いし、「えっ!?…この前、受けてたよね。」と訊いたという。


それを聞いたのがオカだった。


オカとユキは意気投合したようで、その後、何かとこの二人は組んで悪だくみを繰り返すようになる。


その始まりがこの少年部入隊志願書というわけ。


当時、私は中二でユキは中三だったが、ボダ子は入信していなかった。


勿論、家の拠点にはA木姉妹と言って、姉のヨウコさんが二十歳、妹のマリコさんが高1という年齢でいたが、この二人が唯一、齢の近い組み手というわけで、それ以外は大人か年配者ばかりで、家族で入っている和泉さんという子どもが幼くて小学生と幼稚園児の兄弟姉妹の一家がいただけだった。


つまり、中学生での単独入信は私たち姉妹が最初。


あとはワカマツ少年が、友人たちをお導きして、Y田お浄め所に高校生が数人という状態。


誘うのは一向に構わないが、未成年であるということ、活動やその他の事について、よく理解したうえで配慮がなされるならば…と言う前提があれば、そりゃ入隊するのはかまわない。


だが、ユキは思慮深さに欠けるし、詳しい説明も無く持ち帰った。


そもそも交通費や活動にかかる費用はどうするのか。


そう言ったことが何にも考えておらず、何とかなると安易な考えだ。


もう初めから不安しかない。


けれど、同じ年頃の組み手がいるのだと聞かされれば、興味を引くのは当然だろう。


そこで入信半年の私は、様子見がてら主幹道場の月並祭へ行くことにした。


何もわからないまま入隊しても意味はないと思った。


そして私はタカオカ少年と出会う。


彼は私が受けた研修会の三日目、再聴講に来ていた少年だった。


タカオカ少年は私と同じ齢。


一年前に入ったのだと言い、母親と妹がいた。


でも、初対面で開口一番、「俺…お前キライだ」といきなり言われる。


挨拶もしていないのに、紹介されてイキナリだったので、私はコイツが苦手になった。


もう本当、先行きが不安。


こうして私のM光ライフが始まった。




ユキは何を考えて行動しているか、私にはわからないし、興味もない。


ただ、日々忙しい。


部活は勿論だが、クラスの厄介事にも振りまわされ、奔走する毎日だ。


夏休みになり、吹奏楽部は夏合宿に入る。


当時、中学の旧校舎がある中央公民館で、毎年一夏籠って練習になる。


重い楽器ケースと手弁当を持って、ひたすら歩いて通うのだが、公民館の向かいは道を挟んで海。


コンクールの課題曲にマーチングの基礎練習をする。


浜辺は足腰の鍛練になるし、広場はルーティーンの練習にもってこいだ。


お盆の三日を除くと、ほぼ毎日ここで練習になる。


かなりハードだが、おかげで私の喘息は治った。


なので、学校で練習をする卓球部の事はわからないし、ユキも一切内容を話さない。


ただ、マサミが練習の休みの日、遊ぼうと誘って来るぐらいだった。


そして夏が終わり、イベントの多い二学期が始まると、朝練が増えた私はユキとも同じ屋根の下に住んでいるのに、互いに殆ど会話する事無く過ぎて行った。


この時、ユキはまた暴走するのである。


その暴走の理由は三つ。


周囲の大人たちがユキに対して進学ではなく、就職を薦めた事と偏見によるものがあった。


母子家庭で寮に育ち、高校進学は贅沢であるという。


そしてボダ子自身、ナオコ以外は興味が無いので、トモコの進学は赦せても、私やユキの場合はまったく興味が無かった。


行きたければ勝手に自力で行けばいい、普段からそんな態度でいた。


私はかねてから父親の元で暮らすつもりでいたので、中学を卒業したら家を出ていくつもりでいる。


ナオコは高校を卒業したら、就職するので家を出ていく。


トモコも高校を卒業したら家を出るという。


つまりユキ自身の進学について、障壁はボダ子が進学させる気があるかどうかだけの話だった。


それはユキがボダ子と相談することで解決するのだが、子どものころからその習慣が無いので出来なかった。


そこで先輩たちはユキに進学するよう促すが…当の本人がその気がないという態度だ。


そしてその事で私が先輩から相談を受けることになる。


だけど、ユキは私の話を聞く筈もないので、ボダ子にユキと話をするよう促すが、ユキが就職すると言ってきかないと言い、まるで興味が無いと言った態度だった。


普通なら、進学をするように説得するのだが、「勉強が嫌いなんだから、しょうがない」という。


それならそれで看護学校等の進学も視野に入れるとか、技能学校とかいくらでもあるのに真面目に聞いていない。


そこで責めると…忙しいで済ます。


そして年が明けて受験前、伯父が我が家を訪ねてきた。



ユキの見切り発車のせいで、何の準備も無く先輩たちを引き連れて班長宅へ向かうが、この班長というのが例のカブで私たちの前に現れた初老の男性。


正直言って、私は用心深い性質なので、この人を信用してはいなかったし、どんな教団かもわからないし、安全かと訊かれたら「危険はないよ」と答えられる程度の知識しかないのに、不用意に誰彼かまわず薦めてよい物とも思えないでいる。


なのにユキは全く平然としていて、もしものときは誰が責任追うんだよ…とか、そんな心配をしていた。


すると、まだ着いて間もなく説明もそこそこなのに、人手が足りないという理由で、班長は隣町の拠点へ応援に来て欲しいと電話する。


その電話の向こう側の人間と、何やら交渉しているので、何を言っているのか耳を済ませて聴いていたら…まだ、研修を受けるとかそういう段階でも無いのに、彼等は権利を金で取引を始めていた。


此処でもか…と、少々ウンザリしたが、大人の話だと言い、私たちに見向きもしない。


少なくとも私は理解し始めていたので、大人たちの交渉の意味を理解していた。


やっぱりこの人たちは信用できないなと思い、帰りかけた時、ようやく電話を終える。


どうやら電話の向こう側の人と、交渉決裂した様子。


私は、『少々、早まった…か!?』と、内心後悔が走ったが、先輩たちの要望を聞いて、とりあえずお浄め会を始めた。


すると学校の家庭科室の時と同じく、先輩たちは激しい霊動が出て、唸るわ、しゃべるわ。暴れるわ…で、怪我をしないようサポートするので精いっぱいだった。


おまけにユキまでその影響を受け、霊動でるわ、しゃべるわ、暴れるわ…で大騒ぎ。


班長は、今まで経験した事のない現象に大興奮。


経験値があまり私達と変わらない事を知る。


私が危惧した事、それは「何が起こるかわからない」ということ。


安全である保障も無いんだと知る。


そしてこの大人たちは、そんな責任は初めから負う気はないって事も。


何かが起きたとしても自己責任。


そう言う輩であると。


何気にこの時理解した。




その後、しばらくはお浄めを受けたい希望者が続出するが、私は班長宅へは行かなかった。


代わりに隣町の拠点へ、部活の休みの日に連れて行くようになる。


何故そうしたのか。


自己責任なら他人の手を煩わせず、自分で責任を負うつもりで連れて行く。


何度か足を運んだうえで、本人が納得したら研修を進める。


私の中で危険回避のためのマイルールを作った。


やはり大人は信用できない。


自分と彼等を守るため、踏み込ませないテリトリーを持つことにした。


それが大人たちと確執を作る事になるが、欲の皮の突っ張った人間に、私たちのお導き親になる資格はないと思うから。


だけどユキは違ったのである。


ユキはとにかく私より先に「○○をしたい」というのが希望で、初級研修にしても自分が先に受けたかったのである。


ユキは常に私と比べられた時、自分が損ばかりしているからと思っていたので、先んずれば私に勝てると思い、何かにつけて張り合ったり邪魔をしてきたというわけだった。


それは卓球部にしてもそうで、私がいなければ部員確保は出来なかったし、今年は新入部員がゼロという結果に泣く。


学校の成績にしても同じで、決して私に勝てない。


一方、私は全く張り合ってはいないので、何をそんなに気に病むのかが分からないでいた。


その上、姉の自分を差し置いてでしゃばる妹が憎い…が、私は全く自然体だった。


妬んだり恨んだりしていないので、裏表がない。


先輩たちもそれがわかっているので私についてくる。


楽しげに先輩や同級生たちを連れて拠点へ向かう私と対照的なユキ。


道場の大人たちの妬みは私へと向けられていった。




夏休み目前のある日、ユキがM光隊少年部入隊志願書を持って帰ってきた。


親道場で薦められて、私の分と一緒に持ち帰ったのだという。


中三の夏休みは、本当は進路を決めなければならない大事な時期だ。


勿論、普通なら親がアレコレというのだが…我が家のボダ子はネグレクト。


な~~~んにもしないし、三者面談にも来ない始末。


おまけにユキは遠慮してボダ子に一切相談もしない。


何時もどんな時も自分で決めて行動してしまうが、得てして間違っている事も多い。


そう、校内で手かざしをしたことにしても、誰かに迷惑を開けるかもしれないという意識も無い。


悪い事をしているわけじゃないと言い、大人の都合を考えて行動をしないので、人からの非難を受ける羽目になる。


また、お小遣いは自由にもらえないし、食費だってまともにないので、活動にも制限がある。


なのに、M光隊の活動にもそうそう出られないだろう…と言う予見が出来ない。


慌てて入る必要性も感じないのに、何を焦る必要があるのか。


不思議に思っていたら、ユキを煽る青年組み手の存在があった。


その男性とは、研修を受けた日に私は出会っていた。






一月の最終週末に、三日間研修があるという。


金曜と土曜日を学校を休むことになるが、何故か彼等は慌てて進めてくる。


後で知るのだが、マッサージ師の女性が中級研修を受けたがっていて、あと一名の受講があればGWに行われる予定の中級研修に行けるのだという。


そのため、三月受講では間に合わないと言い、強引に受講のお誘いに出た…と言うもの。


普通の感性なら、学校を休ませて行かせたりはしない。


此処で気づけばよかったのだけど、この人たちは自分の都合優先する身勝手な大人だった。


私の面倒など初めから見るつもりも無くて、研修会も付き添いはない。


おまけに通える距離にはないので、二泊三日での参加になるが…未成年を単身で泊めてくれる旅館や民宿があるはずも無く。


という無謀な環境の中、道場長の御宅へ泊めてもらえることになり、交通費と研修費用を持って受けることになった。


これに腹を立てたのがナオコで、ユキは嫉妬から激しく妨害をする。


けれど、ボダ子が認めた以上、ナオコたちが反対しても意味がない。


というわけで、私は一人で研修会場の道場へと向かう。


最寄り駅に着くと、道場へ電話を入れて迎えに来てもらった。


こうしてオミタマを手に入れ、私は組み手となった。




数日が経ち、三月にユキが研修を受けると言い出した。


大人たちはお導き親になる権利を金で奪い合う。


入会したばかりで良くわからなかったのだが、本来は私に優先権があるモノで、大人たちが勝手に自由に権利を奪い合う物じゃない。


けれど私を蚊帳の外に起き、互いに譲り合わずに「誰がお導き親になるのか」で言い争っている。


ただ、誰も詳しい説明も無く、子どもだからという理由で無視されている訳で、のちに彼等の正体を垣間見る事件が起きるのだが、この時は意味が分かっていなかった。


やがてユキが春休みの中、研修を受けて帰宅する。


普段は部活があって学校なんだが、三日間休みを貰って行った。


先輩たちは部活中の私のところへやってきて、「今日、ユキ部活休んでいるけど…」と聞いてきた。


私は、ユキが例の団体の研修を受けに行っているのだと説明。


どうやらユキは「家の用事」と言って休んだらしい。


どうせばれるなら、ちゃんと私に言って行けばいい物を…。

口裏合わせをしていなかったので、私は正直に話す。


先輩たちは、「それって、自分もやっているって奴なん!?」と聞かれ、そうだと答えたら、「今度、詳しい話聞かせて」と言われた。


そう、マサミから私がやっているのだと聞いたようで、キチンと説明していないユキの態度に怒っているようだった。


隠す必要が無いのに隠し事をするユキに対し、何やら先輩たちは不満がある様子。


おまけに私が卓球部を辞めた一因に、ユキの態度があるのだと思っているようで、その辺りも含めて話し合う必要があると言い出した。


ユキは私に対して嫉妬と妬みの感情を抱いている。


その事についても先輩はユキに原因があると思っていた。


やがてこの事が後に取り返しのつかない事件の発端になって行く。


でも、この時はまだ誰も気づかなかった。


春休みが終わって、私は二学年へ進級し、ユキは三年へ。


新しいクラスの担任は新任教師。


おまけに今年もクラスの問題児の御世話係を頼まれる。


厄介事は好きじゃないんだが、だからと言って困ってる同級生を見捨てられない。


何故なら、私を助けてくれる大人がいなかったように、大人は私たちを助けてはくれない。


だから自分に出来ることをしようと思った。


そのために私はS教団に入ったのであり、人の役に立つ人間になりたかった。


この時、教団は分裂の危機にあったようで、教団名が二転三転していたが、子どもの私には詳しい説明はない。


一方で、隣町にある拠点へ行くよう言われ、二月の中旬、学年末試験のために部活が休みだったので、週末に地図を片手に訊ねて行った。


この時、初めて参拝にも金が要るのだと知る。


そして後日改めて様々な経費が必要なのだと教えられるのだが、優柔不断な彼等は詳しい説明はなかった。


やがてGWがやってくるころ、新入部員が入ってくるが、卓球部女子には誰も入ってこない。


でも、それは彼女たちの問題で、私にはもう関係が無い話だ。


今更戻ってこいとは誰も言えないし、ユキだってそんな事はないと思っているわけで。


先輩たちも私を責める者はいない。


しいて言うならユキに問題があると誰もが思っていた。


そんな中、ユキの先走った行動が騒動を巻き起こす。


それは校内で手かざしの業を行ったところ、次々と霊動が出てしまい、収拾がつかなくなってしまった。


それに私を巻き込み、尻拭いをすべて押し付けてきたと言う物だった。


まず、先輩たちが家庭科室を貸し切り、そこにある和室コーナーで順番に受けたいと言い出し、私は組み手の大人の目がある場所でした方が良いと進言するが…ユキは無謀にも知識も経験も無いくせに走り出した。


「フン、根性が無いな。…お前は黙ってみていろ!!!」そう言うユキを横目に、私は止める手立てが無くて仕方なくユキのフォローに回った。


後で問題になるのではないかと危惧していたら、やはり校長室に呼び出される。


何故、姉のユキではなく私なのか。


M光を始めたのは確かに私が最初だが、学校では一切活動しないつもりだったのに…。


友達から聞かれたら答えるが、あえて積極的な勧誘はしないつもりでいたため、この呼び出し自体が不本意だった。


しかもユキがしくじったので、興味を示す先輩たちをまとめきれないでいる。


私にシェイクハンドの打ち方を教えてくれた正木先輩曰く、ユキには人望が無いのだという。


そのため、誰もついて行かない。


先輩は私にみんなを引っ張っていくように言い、その結果、校長室の呼び出し…ということになった。


ユキの見切り発車は、またも稲葉の反感を買い、嫌がらせが再発して行く。


一度広まった噂は全学年へと広がり、次々と受けたがる生徒が現れ、結局は校内では行わない事を約束し、学校帰りに班長宅へ行くことになった。


それでもユキは仕切りたがり、自分が…と前に出たがるため、先輩たちは嫌がる様になる。


仕方なく私は「ユキ姉がいないと、私一人じゃ無理」と言い訳し、納得させた。


こうして十人違い人数で押しかける。


けれど、此処でも「とらぬ狸の皮算用」をまざまざと見せつけられた。


それは…。



そしてドタバタの二学期が過ぎていく中、私は吹奏楽部の入部届を出した。


本当は春に入部するつもりだったのに、成り行きとはいえ女子卓球部に関わったため、遠回りする羽目になる。


それでも良い経験だったと思う事にして、新しい環境で再スタートを切った…はずなのに、ユキが持ち込んだおたふくが原因で、実質、二学期はほとんど何もできなかったわけで。


体育祭に定期演奏会に文化祭、全国吹奏楽コンクール地区予選と、何かと行事が多いというのに、私は練習不足で全く参加できなかったのだ。


おまけに例の稲葉のカンニング疑惑の濡れ衣で、私一人だけ部活停止処分まで食らっていた。


こんな理不尽が許されていいのか!?


腹が立った私は、校長の命令で英語と数学の追試を受けることになり、仕返しに英語は白紙で提出し、数学は満点をとって終わった。


どうせ英語は何点であっても、成績に関係なく赤点しかくれないのだから。


期末試験も同じく数学はほぼ満点で、英語は英文以外は答案を埋めたが…結果は追試と同じ。


他の教科で、社会と国語と理科と音楽を除く教科は平均点、あとは上々の成果を収める。


その成績に不満を持つナオコとユキは、それから私の勉強の邪魔ばかりする様になる。


そして冬休みがやってきた。




私とマサミはほぼ毎日が部活。


マサミは私が誘って卓球部に入っていた。


あと、仲良く朝は朝刊配達に行っている。


でも、大みそかから三が日は部活も休みだし、元旦の配達が終われば、三日まで新聞配達は休みになる。


他にも同じ寮に住んでいる同級生のミチヨも同じ朝刊配達をしていた。


私とマサミは同じ四年生からの転校組。


ミチヨと節ちゃんと達也と上野は幼稚園から此処にいた。


あともう一人、ゆかりちゃんという子がいたが、彼女は社宅にも別宅があるので、中学に上がる頃には寮を出て行った。


私達の学年が一番人数が多い為、何時も子ども会では何かと目立つ。


寮内でのイベントでは、私達が中心になる事も割とあった。


そんな中で、ミチヨは何かと家の都合で寮を出たり入ったりする。


中学へ入ってすぐに一度隣町へ引っ越し、三年になってから戻って来るが…実は妹が発達障害があった。


そのため、母親が妹が問題を起こすたび、彼方此方へと転校させていた。


一方で私はマサミと同じ時期に偶然転校してきたので、寮の部屋も隣同士で、お互いの長女が同級生ということもアリ、何時も一緒につるんでいる。


そんなわけで、部活も新聞配達も何となく一緒にやっていたのだった。




正月休み、私とマサミは再び例のファンレター先に書かれた連絡先へ電話をする。


今度はミチヨも一緒だった。


すると先方は休みなのか、誰も電話に出ない。


仕方なく、近所に住むという信者宅へ電話をすることにした。


でもそこでハタと気が付き、私は正月三が日は迷惑だからと、改めて週末に予定変更する。


週末の土曜の午後、部活は午前中で終わるので、午後一に寮の前の電話ボックスからマサミと電話することにした。


今度はマサミが電話をかける。


マサミが言うには、相手は年配の男性だという。


おまけに私たちの寮まで来るとか。


それは不味いだろうということになって、断りを入れたら…ここから歩いて数分のところに、別の信者宅があるというのだ。


そこならゆっくり話が出来るというので、そこまで連れて行ってもらうことになった。


小一時間後、その年配の男性がカブで現れる。


まさか原付バイクで現れるとは思わず、一瞬だがドン引きした。


声をかけられ、さあ行こうかと話をしていたら…ユキが何処からか帰ってきて、強引に合流してきた。


そう、ついてくるのだという。


私は不愉快だったが、言い出したらきかないのがユキだ。


渋々同行を認め、マサミと三人で信者宅へ向かう。


それは本当に近くだった。




私達が向かった先は、子どもの足でも歩いて5分程度の距離にある民家で、二十代後半の主婦の家。


その女性は子どもが二人いて、齢の離れた旦那さんは消防士。


そしてマッサージ師の資格を持ち、呼ばれれば街にあるホテルや旅館などへ出向き、泊り客相手のマッサージの施術をしているのだとか。


おまけにボダ子の勤めるホテルのすぐそばで、彼女はよく呼ばれて行っているのだという。


ならばボダ子ともあった事ぐらいあるかもしれない。


その程度の距離感なら、滅多な事で悪いようなことは置きないと思った。


まあ、先方から見れば、ネギ背負った子鴨が三匹だったのだろうけど。



それからしばらく経て、マッサージ師の家を繰り返し訪ねていたのは私だけだった。


最初に興味を示したマサミは、あの日以来見向きもしなくなったが、ユキは私に張り合っている。


何のために張り合っているのかが分からないが、とにかく私が行かない日は行っているようだった。


というのも、我が家は家事を当番制にしていて、学校から帰宅すると夕食の支度から始まって、家事を順番に熟さないといけないから。


要領よくやらないと、洗濯機は二台しかないのに共同で、時間制限もある為、朝は早い者勝ちで回せないし、帰宅時間がほぼ被るので取り合いになる。


おまけに一階にある物干し場のスペースも限られていて、大量に干すことが出来ない。


小まめに洗濯して回さないと、週末はほぼ一日中洗濯機は回っている状態だった。


そしてもう一つ問題があって、ナオコが食費を使い込むため、ロクに食材を変えない上、レパートリーが無いので作れるメニューも限られている。


その上、弁当のおかずまで計算すると…おかずになるようなメニューを考えて購入しなくてはならず、それもお腹が膨れるようなものに限定されてくる。


栄養バランスは二の次だ。


お陰で私は親子丼が得意になったよ。


少ない食費でたくさん食べられ、手早くすぐに食べられるもので、残してお弁当に入れられるモノ。


ご飯だけはあるし、玉子焼きと鮭ばかりでは飽きるし、ナオコは手弁当を持って行かないし、大抵はトモコとユキの分を作って置くのだが、自分の分しか作らないユキは別途作るので二度手間だ。


その理由は、ユキは極端な偏食があり、肉類が一切食べられず残す。


お陰でトモコまで「自分の分は自分で」と言い出し、朝は狭いキッチンを取り合う羽目になる。


こんな自分勝手な姉たちに囲まれ、ナントカ日々暮らしている状態。


ボダ子は相変わらず親の義務を放棄しているわけで、頼れるまともな大人なんてどこにもいなかった。


あ~勿論、寮には通いの職員もいれば、常駐の住み込みで寮母もいたけれど、彼等が何をしてくれるわけでもなかった。




そんなある日、マッサージ師の家を訪問するようになって数日が経った頃、彼女から研修受講の誘いがあった。













三女の名前はユキで、次女はトモコ、そして長女の名をナオコといった。


トモコはあまり自分の気持ちを表現しないし、親には遠慮している。


ナオコという暴君が我が家を支配し、それに従順に従う二人の姉。


何時もナオコの顔色を伺って、機嫌を損ねないよう息を殺して生活する毎日だ。


例えば、学校や町の図書館で借りてきた本を、部屋の隅で夢中で読んでいたとしよう。


突然、私の頭上に蹴りが飛んでくるのだ。


小学生の私が、中学生のナオコに蹴りを食らわされたら…当然吹っ飛んで、狭い部屋に置かれた家具やふすまにしこたま頭をぶつけることになるわけで。


時には鼻血に口の中を切って出血する事もある。


そう、コイツは何時も偉そうに二段ベッドの上段から私たちを見下ろし、アレコレと指示をしては…自分は大仏のように決して動かない。


大抵、二段ベッドに上がったら、トイレと食事以外は其処で過ごす為、おやつやら飲み物を持ち込み、降りてこないのである。


だから、たまに足音も無く降りてくる時、目障りだという理由で静かに本を読んでいる私を蹴り飛ばし、八つ当たりしたり、時には洗濯やら掃除を言付ける為、そういう行動に出るのだ。


実は、一旦本や漫画を読み始めると、私は周囲の物音が耳に入らなくなるのだ。


それは本を読み始めた幼稚園ぐらいからそうで、父親はその集中力をとても喜んでみていたが…その光景が気に入らなかったナオコ。


一応、母もそのことは好ましく思っていたようで、本をよく読む私を「アンタも家の子やねえ」と言い、自慢する。


だが、ナオコはほとんど本を読まず、ユキもあまり本は読まなかった。


しいて言うならトモコが映画や本、音楽を好み、私と趣味が似ていた。


ただ、私は行動的で外に向かうが、トモコは内向的で自己主張をしない。


そんな性格の違いがあった。


そのナオコの暴力的支配から逃れる術はなく、私達は狭い部屋で四人息を殺しつつ生活をする。


油断すれば、またナオコの暴力の餌食になるのだが…母子寮には我らの居場所はない。


その上、小学校ではイジメに合い、中学では教員から嫌がらせを受ける。


そんな私は、中学を卒業したら父親の元へ行く、というのが唯一の希望だった。


あと三年、我慢すれば解放される。


そう思って日々をやり過ごしていた。




ある日の事、マサミが例の漫画家のファンレターの返信を持ってやってきた。


それは夏休みも終わる頃、どうするのかと尋ねたら、連絡先へもう一度電話をするのだという。


丁度、例の母の男の魔の手から逃れるには、彼女の誘いは渡りに船で、非現実的な話は嫌な現実を忘れるには都合が良かった。


姉やマサミや同級生たちは、私の身に起こったこの非現実的な出来事を知られることも無く、何時もと変わらない日常を提供してくれるわけで、それはそれでツラく苦しい日々なんだけど、それでもボダ子が私に貸した試練に比べればなんてことはない。


親から受ける虐待について、それまでは漠然と感じていたが、理不尽さを通り越した非常識なボダ子の態度には、もう親として向き合っていく気がしなかった。


小5の時に寮の園庭で数時間も一方的に愚痴を言われて責められた時、ボダ子に対して『自分の親だと思うから哀しくなる。でも、この人はこんな人だと思えば…』と、ボダ子の理不尽さを受け入れたあの日、私はリアルでボダ子を親として見なくなった。


だから今回の仕打ちにしても、もう今更感が強くて悲しいという感情さえどこかに行っていた。


そう、諦めに近い感情で現実を受け入れている。


あとは非力な子どもである自分自身の身が悲しい。


抵抗することも逆らう事も出来ない。


他人に真実を話せば、きっと白い目で非難されるのは私自身だろう。


それだけはわかる。


ただ、このまま関係を続ければ、私は近い将来生理が来てオトナの身体になり、何時か望まない妊娠をするかもしれない。


そんな事になったら取り返しがつかなくなるだろう。


中一という成長期は、何時生理が来てもおかしくはない。


汚くてズルくて卑怯なのはボダ子たちで、生理が来ていない子どもの身体を弄んでも、決して私は妊娠はしないとわかっているということ。


だからどうにでも言い訳が建つ。


それが大人のやり方なんだと理解した。


彼等は知っているのだ。


経験上、子どもを犯しても外見は何も普段と変わらないので、妊娠さえしなければ決してばれることはないと。


そしてナオコたちは、こういうことには疎く、気づかないということも。


世間に知られれば犯罪だが、ばれなければ無いのと一緒。


そうボダ子はあの日、私を呼び出したときに言っていた。


あのセリフがボダ子を確信犯だと物語っている。


また、私の味方は唯一、父親だけなので、今この現状では誰もいないということ。


それもボダ子たちはわかっている。


私は、そんなボダ子たちから逃げる口実が欲しかった。


非日常の中に逃げ込む。


それがその時の私に出来る唯一の逃げ場だったのかもしれない。



マサミとともに寮の向かい側に置かれた電話ボックス、そこへ向かって行った。


そこから例の連絡先へ電話をしようという。


どちらが電話をかけるか、じゃんけんで決めた。


私がじゃんけんに負け、勇気を出して電話をすると…中年の男性が電話口に出た。


私はもっと年配の人が電話口に出てくると思ったので、以外に若い声に戸惑いを覚える。


それでも電話口で、その漫画の本に書かれたことが本当なのか、どうすれば詳しい話を聞けるか尋ねた。


その男性は中学生の子供のいたずらとは思わず、真面目に丁寧に質問に答えてくれる。


そして、最後に近所に住む教団の信者宅の連絡先を教えてくれた。


私とマサミは一旦そこまでで電話を止め、後日改めて電話をかけ直すことにした。


それは先方が、あまりにもすんなり子どもの話を聞き入れたので、少々不安を感じた為だった。


第三者へ聴いてみて、その第三者も興味を持ったら…と考える。


私達は夏休みの宿題を終えて、二学期が始まり、友達に相談することにした。