なぜ、周囲の者がT司との関係を反対したのか。
その理由を、大阪で知った。
双子の友人に、hiromiちゃんという在日がいて、私はなぜか、理由もわからないまま反感を買っていた。
在日コリアンは、初対面で必ず年齢を聞いてくる。
それはまるで真光の道場で「入信はいつ!?」と聞いてくるのと同じ感覚で。
真光も入信年月日や同じ年齢でも入隊の速さで違い、年功序列ではなくて、み役(地位)の上下でも扱いが違ってくる。
男尊女卑な価値観で、上下関係にもうるさいのは創価(=在日)と同じ。
まして生まれの卑しい?(うちの両親は駆け落ちなうえ、不倫関係)身分の低い?私は、下げずまれて当然?の扱いを受ける。
子供のころから受けたいじめはコレによるもので、いちいち反論しても仕方がないのでスルーする習慣が身についていた。
それでも大卒の多い地域(道場)では、私は普通に扱われたし、自分の能力に見合った評価を受けた。
生野では対照的な扱いを受ける。
半数の人間からはさげずまれ、残り半数から普通に扱われた。
つまり、在日コリアンから見下され、純日本人からは生まれではなく一人の社会人としての評価を受け、まあ自分の能力に見合ったみ役(地位)についていた。
それを激しく妬み、足を引っ張り、嫌がらせをするのが在日コリアン系で、理解し力添えしてくれるのが純日本人だった。
たしかに、日本人も変わらないんだけど…そのなんていうか、半端じゃないわけで。
私、公衆の面前で、怒鳴られ殴られました。
当人から謝罪は無し。
「俺は悪くない」と、女の顔面を殴っておいて、しかも、私には全く身に覚えのない理由で殴られました。
つまり、私に「恥をかかされた」と思い込んでいたらしいのだけど。
やがて私が生野を去った後、彼らの後悔する謝罪の言葉を人伝に耳にするも、時すでに遅く、私はこれを機に真光を辞めた。
そして再び実家へ戻った私は、保険屋となってT司の消息を知ることになる。
なので、涙が出て止まらなかった。
なんで一緒にいてやらなかったのかと、とても後悔した。
大切なことを見失ていた自分に腹が立った。
たしかに、先生たちが心配したように、T司はあのままではDV夫となったと思うし、彼らの家族になれず身分も一番下位にされたかもしれない。
けれど、私はT司に人を信じることを伝えたかったはずなのに、私は結果的に最後に裏切ってしまった。
と同時に、なぜT司が私にこだわり、執着したのか、わかった気がした。
でも、だからといって、他の女子を孕ませ、中絶させた行為は赦せるものではない。
私のせいでそんなことをしたというのだろうか!?
私がいれば、そんな暴挙はしなかったと!?
そんな言い訳は、やっぱり私は受け入れられない。
それはT司が一番わかっていることだ。
自分の弱さを受け入れ、逃げてはいけないと、私ならそう答える。
だけどあの子は現実から目をそらし、自殺未遂をしたわけで…やっぱり、それを知れば私は泣いてT司のもとへ、責めを受けに行っただろう。
でも、それはT司のためにも私のためにもならないと、S野は最後は先生の立場で考えてくれたんだと思う。
私がS野の立場なら同じことをした。
だから誰もT司の消息を私に話さなかったんだと知った。
私はそのことにとても感謝しているし、いつか立ち直ったT司に会いたいと思った。
でも、T司が人を恨んでいたら…私に会いに来ないだろうとも思う。
だけど、会いに来てほしい…会いたいと今も願っている。
そんな日は来ないとわかっていてもね、希望は捨てたくはない。
あれから二十数年の月日が流れた。
今どこで何をしているのか、とても気がかり…というより心残り。
私に残された時間はどれだけあるのかわからない。
癌のように余命がわかるならまだしも、私の場合は予測がつかない難病なわけで。
さりとて、今はもう自由に動くこともできない。
私から探しに行くこともできない。
その理由を、大阪で知った。
双子の友人に、hiromiちゃんという在日がいて、私はなぜか、理由もわからないまま反感を買っていた。
在日コリアンは、初対面で必ず年齢を聞いてくる。
それはまるで真光の道場で「入信はいつ!?」と聞いてくるのと同じ感覚で。
真光も入信年月日や同じ年齢でも入隊の速さで違い、年功序列ではなくて、み役(地位)の上下でも扱いが違ってくる。
男尊女卑な価値観で、上下関係にもうるさいのは創価(=在日)と同じ。
まして生まれの卑しい?(うちの両親は駆け落ちなうえ、不倫関係)身分の低い?私は、下げずまれて当然?の扱いを受ける。
子供のころから受けたいじめはコレによるもので、いちいち反論しても仕方がないのでスルーする習慣が身についていた。
それでも大卒の多い地域(道場)では、私は普通に扱われたし、自分の能力に見合った評価を受けた。
生野では対照的な扱いを受ける。
半数の人間からはさげずまれ、残り半数から普通に扱われた。
つまり、在日コリアンから見下され、純日本人からは生まれではなく一人の社会人としての評価を受け、まあ自分の能力に見合ったみ役(地位)についていた。
それを激しく妬み、足を引っ張り、嫌がらせをするのが在日コリアン系で、理解し力添えしてくれるのが純日本人だった。
たしかに、日本人も変わらないんだけど…そのなんていうか、半端じゃないわけで。
私、公衆の面前で、怒鳴られ殴られました。
当人から謝罪は無し。
「俺は悪くない」と、女の顔面を殴っておいて、しかも、私には全く身に覚えのない理由で殴られました。
つまり、私に「恥をかかされた」と思い込んでいたらしいのだけど。
やがて私が生野を去った後、彼らの後悔する謝罪の言葉を人伝に耳にするも、時すでに遅く、私はこれを機に真光を辞めた。
そして再び実家へ戻った私は、保険屋となってT司の消息を知ることになる。
なので、涙が出て止まらなかった。
なんで一緒にいてやらなかったのかと、とても後悔した。
大切なことを見失ていた自分に腹が立った。
たしかに、先生たちが心配したように、T司はあのままではDV夫となったと思うし、彼らの家族になれず身分も一番下位にされたかもしれない。
けれど、私はT司に人を信じることを伝えたかったはずなのに、私は結果的に最後に裏切ってしまった。
と同時に、なぜT司が私にこだわり、執着したのか、わかった気がした。
でも、だからといって、他の女子を孕ませ、中絶させた行為は赦せるものではない。
私のせいでそんなことをしたというのだろうか!?
私がいれば、そんな暴挙はしなかったと!?
そんな言い訳は、やっぱり私は受け入れられない。
それはT司が一番わかっていることだ。
自分の弱さを受け入れ、逃げてはいけないと、私ならそう答える。
だけどあの子は現実から目をそらし、自殺未遂をしたわけで…やっぱり、それを知れば私は泣いてT司のもとへ、責めを受けに行っただろう。
でも、それはT司のためにも私のためにもならないと、S野は最後は先生の立場で考えてくれたんだと思う。
私がS野の立場なら同じことをした。
だから誰もT司の消息を私に話さなかったんだと知った。
私はそのことにとても感謝しているし、いつか立ち直ったT司に会いたいと思った。
でも、T司が人を恨んでいたら…私に会いに来ないだろうとも思う。
だけど、会いに来てほしい…会いたいと今も願っている。
そんな日は来ないとわかっていてもね、希望は捨てたくはない。
あれから二十数年の月日が流れた。
今どこで何をしているのか、とても気がかり…というより心残り。
私に残された時間はどれだけあるのかわからない。
癌のように余命がわかるならまだしも、私の場合は予測がつかない難病なわけで。
さりとて、今はもう自由に動くこともできない。
私から探しに行くこともできない。