小6の時生まれて初めて、入院というものを経験した。

高校時代、授業の一環でボランティアで老人ホームに行ったことがある。

20代の半ば、医療事務になって病院勤めをしていた。

二十歳になったばかりの頃、友人が統合失調症になった。

30歳になり、保険屋の営業と事務の経験を3年間した。

13歳から32歳で脱会するまで、約20年間もある宗教を信仰した。

34歳で子供を産んで、現在まで闘病生活を送っている。

40代になり、在宅ヘルパーになった。

日本の医者は、どうして両手いっぱいの内服薬を処方するのか!?

で、どうして治る見込み?もないのに、患者は黙ってそれを受け入れ飲み続けるのか!?

みんな慢性疾患で治らないとわかっていて、大量に薬を飲み続け…副作用で違う病気になって、さらに悪化している。

どこかで変だと思わないのだろうか!?

体調不良の原因が、本来の疾病からくるものとそうじゃない薬の副作用との違いに、気が付くことはないのだろうか!?

そもそも本来の疾病に合う薬を飲んでいたとして、同じような薬を何種類も飲まされることに疑問は持たないのだろうか!?

それに何ヶ月も飲み続けて、症状が改善されるならまだ納得がいくけれど、よくもならないまま増やされることに「怖さ」を感じないのだろうか!?

一つ一つの薬を、きちんと理解して飲み続けているなら、まだ納得がいく。

もし、飲んでも飲まなくても大して変わらないなら、私は飲まない選択をする。

いつも思うのが、薬に依存してはいけないということだ。

今回、消炎鎮痛剤を飲み続けた結果、私は合わない投薬治療だったため、様々な副作用に悩まされた。

例えば、リリカを飲んでも効き目が今一つなのに、副作用の眠気と意識障害が出てしまった。

ボルタレンSRを飲み続けて胃が荒れ、ガスロンを同時に処方されていたが、神経症状の悪化があり、服用を中止した。

けれど、今回違う病院で処方された薬は合っているようで、副作用もなく本来の疾病の痛みや症状があるだけで、安静を保っていれば悪化することもない。

つまり、減薬に成功している。

そもそも西洋医学で処方される薬は、症状を抑え込むためのものが多い。

それが良い事か悪い事かわからないけれど、少なくとも副作用で苦しむことになるなら、私は本来の症状と天秤にかけて副作用の少ない薬を選択する。

薬なんて何が幸いするか、使ってみるまで分からないものなので、数週間から数ヶ月飲んでみて合わないものは削除していく。

でも、それを繰り返すと土壌である体内に抵抗力?がつくので、薬が効きずらい体質になってしまうという。

その状態で新薬をいくら投与しても、抵抗力が勝るので「効かない」ということになるらしい。

でも、その説明に納得がいく。

農薬散布した土壌は、やがて作物は育たなくなり枯れていく。

けれど、数年寝かせて有機栽培に変更した土壌は蘇り、毎年作物を実らせることができるようになる。

人間も同じ。

数種類の鎮痛剤を2年以上飲み続けた身体に、新たな痛み止めを処方しても効き目は半減するということ。

薬は飲まないに越したことはないけれど…飲まなければいけないのなら、必要最小限にしたいと思う。

同じ理屈で、息子は一切薬を使用せずに済んでいる。

2歳まで様々な投薬を行った結果、発達障害になった。

体調を考慮しつつ減薬を行った結果、小学校入学前に自力で排泄できるまで回復し、現在までイレウスを起こすことなく過ごせている。

通常、息子のような病状には浣腸や下痢止めは生涯必要と言われている。

が、6年間一度もない。

奇跡のような話だけれど、事実、息子は健常児のように過ごせている。

時折、多少のろう便や失禁はあるが、それも許容範囲のことなので、その対応に着替えを常時持たせることで対処しているが、今のところ着替えを必要としたことはなく、自宅で着替えている程度。

女性がパンストの替えを常時携帯するように、息子にも下着の替えを携帯させるようにしている。

それで済むなら投薬の必要なしと、担当医は判断した。

ウチの息子より軽度なお子さんは、今も投薬を必要としているという。

医師は、「何が違うのだろう!?」と首をかしげている。

そんなこと、私にわかるはずがない(苦笑)

まあ基本、私は必要なときに必要な薬を使用する、その程度の認識しかない。