仕事で数字が大事。

今の私の考え方です。

 

で、猫に関して。

保護する人の行動ってすごいと思うんですけど、

数字ってどうなってるのかなって。

 

例えば、野良ネコをなくせば殺処分がなくなるとすれば

どうやれば全ての野良ネコに対して去勢をして、

耳をちょっと切るやつをして、放つ。

 

寿命を全うすれば、全て野良ネコが去勢できたとすれば、

そこから10年とかで野良ネコ状態の猫が絶滅する。

 

結果、全て家猫になる。

 

という話がちゃんとあって、数字で目標をたてているのかなーと。

 

これには前提として、去勢していない猫を放たない。

去勢をしていない猫が子どもを作って増やさないとか

仮定の上での話。

 

よくよく考えたら、無理じゃね?みたいな。

 

今現在、去勢していない野良ネコがどれくらいいて、

それに対して全て去勢するためにはいくらかかるのか。

また時間は。

 

いますねーw

 

日本の野良猫の生息数。管理人はどうにかして割り出せないか考えた

https://noranecolumn.com/howmanystraycats/

すばらしいw

 

100万匹としてそれを去勢するのって

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1138907236

これを参考に

雄で15分

雌で40分としましょう。

 

50万ずついるとして

雄15分x50万匹で7,500,000分

雄40分x50万匹で20,000,000分

合計27,500,000分=これを60分で割ると

458333時間(19097日)

 

労働時間を8時間とすると

57291日

999人の獣医師をあつめて3交代制でやって

333人の獣医師を横に並べて列作ってひたすら

去勢手術して2か月ですかね。

 

100万匹の野良ネコを管理して集め続けてという話です。

 

ちょっと数字を絡めて考えてみましたが、

結論、無理じゃね?

他の方法考えたほうがいいんじゃ・・・

 

と、思わずにはいられません。

 

※考慮がいろいろと抜けているかもです。

ずっと疑問を持っています。

ペットの飼い方について。

提案というか、こんな未来を作りたいというのがあります。

 

「ペットを手放しても良い社会」

※大きくなったら捨てろという意味ではなく、頼れるところを作りたいという意味です。

 

で、ですね

http://mainichi.jp/articles/20180717/ddm/005/070/007000c

「飼い主として大切なのは、一度預かった命に最後まで責任を持つことです。」

 

正しい、すばらしいと絶賛される方もいるでしょうが、

そろそろこれは古いんじゃないかって思うんですよね。

 

決してだめじゃありません。

私も可能な限り、最後まで責任を持つべきだと思います。

 

でも、人間の皆さんは最初の彼女彼氏と結婚して終生添い遂げてます?

童貞、処女捧げてこの人とずっと生きていくとか考えた人多くないですか?

結婚するとき、一生添い遂げるとか契約しませんでした?

子どもがいても離婚してるじゃないですか。

一度、守ると決めた相手、捨ててませんか?

 

ペットは別だ。とか意見はあると思います。

 

例えば、あなたにはペットがいます。

結婚しました。

子どもができました。

子どもがペットのアレルギーだった場合、どうしますか?

当然、「飼い主として大切なのは、一度預かった命に最後まで責任を持つことです。」

ということを知っています。

 

手放すことを考えませんか?

信頼できる人に預ける。面倒を見てもらう。とか考えませんか?

あなたは、知り合いも多く、それが可能かもしれません。

 

じゃぁ、両親が他界していて、頼れる人がいなかったら。

SNSもあまり使ってない。知り合いもいない、頼れる人もいない。

金銭的余裕もない。

 

捨てることを選択するかもしれませんよね?

こういう人が、今捨てているのかもしれません。

 

そういう人を叩くのではなく、受け入れてペットの第二の人生を

歩ませてあげる機関をつくれないかなぁとか考えてます。

もちろん、殺処分になる子達も助けたい。

 

でも、そこには圧倒的にお金が足りない。

たぶん、お金があれば解決するんじゃないかと思ってる。

 

今日はこれくらいにします。

今は、3匹の猫と一緒にいます。

 

以前、保護猫カフェとか、譲渡会にもいきましたが、

断られました。

 

独身男性はちょっと・・・というところと、

実際に家を見に来て、ケージも確認してOKぽいことを言ってて

断られました。

 

二度とそーいうところには行かないと決めましたね。

 

今の3匹は、ネット掲示板で出会いました。

ガレージで4匹生まれてしまって、もらってくださいという内容でした。

私は独身ですし、仕事もしていますので、家をあけることがあります。

時間は自由になる仕事ですし、猫を病院につれていくのも、

いつでも連れていくことができる状態です。

これは、譲渡会、保護猫カフェでも伝えましたけどね。

 

2匹以上で欲しくて、兄弟がいいなと思ってました。

4匹いるとのことなので、2匹ほしいと伝えると、

結果3匹どうです?と。

兄弟なので、せっかくですし3匹もらうことにして、今日に至っています。

 

引き渡しは、私の自宅。

3匹をつれて、ゆずってくださる方が大学生だったので、

ご両親とともにいらっしゃいました。

 

ちっこいところから育てることができましたので、

非常に満足というか、めちゃくちゃかわいい時期を見れたので

終生大事にします。

左から、みーこ、あずき、おもちです。

 

これも、左から、みーこ、あずき、おもちです。

でかくなりました。

 

 

これまで私は、7匹の猫と関わってきてます。

 

最初の1匹。

小学校1年の時。

確か、雨の日どこで見つけたか覚えてませんが、黒い子猫を1匹拾いました。

かなり弱ってて、自宅に持ち帰り、母になんとかしてほしいとお願いしました。

 

ちょっとあいまいな話になりますが、

 

母はすぐに病院に連れていってくれたようです。

すでにかなり弱っていて、病院の先生からも

「ダメかもしれませんが、それでも治療しますか?」

のように言われたらしいです。

でも、私がお願いしていたので、治療をしてくれました。

 

結果、残念ながら助けることができませんでした。

その後はちゃんと埋葬してもらいました。

 

昔のことですが、「くろすけ」と名前をつけてました。

病院へ様子を見には言ってたので、その時呼んでたと思います。

 

「助けられなくてごめんね。」と泣いてました。

 

ほんの一週間の間でしたが、これが私の猫との最初の出会いです。

写真も何も残ってないのが、とても残念です。

書籍名:幸せになる勇気
著 者:岸見一郎 古賀史健
目 的:嫌われる勇気の続編だったので
実行計画:アドラーの心理学をもう少し深堀りと、心理学を少し調べようかな。

結論
「愛する勇気」すなわちそれは「幸せになる勇気」です。

我々は他者を愛することによってのみ、自己中心性から解放されます。
他者を愛することによってのみ、自立を成し得ます。
そして、他者を愛することによってのみ共同体感覚にたどり着くのです。

愛される技術から愛する技術へ
人間は生まれてから産声をあげ両親に注目されるしてもらうように愛される技術を学んでいきます特に未成年者の時は愛される技術注目される技術が生存戦略であり死活問題なのです。

人生の「主語」を切り替える
利己的に「わたし」の幸せを求めるのではなく、利他的に「あなた」の幸せを願うのでもなく、不可分なる「わたしたち」の幸せを築き上げることそれが愛なのです。
つまり「わたし」、「あなた」のよりも上位のものとして「わたしたち」を掲げることです 。

我々は生まれてからずっと、私の目で世界を眺め、私の耳で音を聞き、私の幸せを求めて人生を歩みます。
これは全ての人がそうです。
しかし、本当の愛を知った時、私だった人生の主語は「私たち」に変わります。
利己心でもなければ、利他心でもない、まったく新しい指針のもとに生きることになるのです。

自立とは「わたし」からの脱却なのです。

愛の責任とは
例えば花が好きだと言いながらもすぐに枯らせてしまう人がいます。
水をやるのを忘れ、鉢の植え替えもせず、日当たりの事も考えないで、ただ見栄えの良い所に鉢を置く。
確かに、その人も花を眺めることが好きなのは事実なのでしょう。
しかし、花を「愛している」とは言えません。
愛はもっと献身的な働きかけなのです 。

愛とは信念の行為であり、わずかな信念しか持っていない人は、わずかに愛することしかできない。 


感想等
幸せになる勇気とは、結論、愛する勇気ということです。
愛するという意味については「私たち」を主語として「わたし」、「あなた」を主語にしない、ここで言う「私たち」は「自分と恋人」という意味でもなく、多くの人という意味なのだと思います。
そして、愛するということがいわゆる「貢献する」ということだと思います。
私の感触としては「愛する勇気」というのは自分も含めた多くの人々に対して「貢献をし続けるという行為を決意すること」なのかなと思っています。

アドラーの心理学は人間関係の心理学で人との関わり方については上に書いた内容だけでなく色々な内容が書いてありました。
問題行動を起こす人に対してのアプローチの仕方等。
「アプローチの仕方」とか書くとそもそもアドラーの心理学が分かっていないということになり、問題行動を起こす人との良好な関係の結び方みたいな感じでしょうか。
正直アドラーの心理学部を極めようとは思いませんが、考え方に興味はあります。
問題行動を起こす人間を分析し、どのように会話することで改善できるのかこのアドラー心理学から得られそうです。
褒められたい、認められたいという欲求から逃れる方法や、争いに巻き込まれないためにできる考え方、この辺全て含めてアドラー心理学では「自立」といっているようですが、もうちょっとこの本もしくは、アドラー心理学に関する本で自分のものにしたいなと思います。