聖霊はそれを持つ人を動かし、常に真実を語り間違いを犯したりする事など考えられない事です。聖霊を持つと語る人が預言をいつも外す事などあるでしょうか。まして、時と時期について語るのは、神の言葉「時と時期についてあなた方の預かることではない」(使徒1:7)という神の言葉に対する僭越な行為と言わざる得ません。

 

だいぶ話が横道逸れてしまいましたが、新しい契約とはどんな契約でしょうか。神はモーセの律法契約を通しイスラエルと契約結び、それは神が地上に送られたイエスを殺し、それは破棄されましたが、アブラハムとの契約まで破棄されたわけではありません。

 

「女の裔」が「祭司の王国」となり全ての国民を祝福するという約束は「新しい契約」に移行し行きます。

つまり「聖霊で油注がれた聖なる者」との契約です。

ではこれは契約ですから、契約内容はどこに書かれていますか。それが新約聖書です。つまり新約聖書は創造者と聖なる者との契約内容でもあるのです。

 

つまり新約聖書は「聖霊で油注がれた聖なる者」に宛てたものがほとんどです。これが多くの読者が勘違いをしている事柄です。今日の宗教指導者は知っていても知らなくても、この勘違いを利用して信者を都合の良いように導きます。

 

「聖なる者」に対する要求が新約聖書に書かれており、それはかなり厳しい倫理的要求であり、迫害に耐え、死に至るまで忠実でありなさいと要求されています。彼らにそのような厳しい要求がなされているのは、彼らは死んだ後、早い復活に預かり(第一の復活)、不朽不滅の命があたえられます。

そして彼らは御使や地上の人々を一千年の間、天から王として、また祭司として支配するという大きな特権が与えられるからです。

 

 

 

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