今日は焼き魚にお味噌汁に冷奴かな~なんて考えながら家までの階段を登ってきていたとする。


するとお隣さんの家からカレーの匂いがぷんぷん、漂ってきたとする。


一気に後悔の念にかられるのは、私だけだろうか。くそー、なんで今日焼き魚にしたんだ。ガッツリ系夕食にすればよかった。地団駄を踏みたくなる。


どうして人の家の夕食の匂いって、美味しそうなんだろう。


自分の家で作るカレーよりも、なんていうかスパイシーなカレーな気がする。気がするだけで本当のところはどうかわからないんだけど。家に上がり込んでカレーを確認することもできないから、真相は闇の中なんだけど。



でも、焼き魚の匂いの時はあまり興奮しない。「ふーん」止まりだ。まあ、私が魚料理、とくに焼き魚がそれほど好きじゃないっていうのも理由なんだけど。


カレー以外にも特定はできないけど、なんか美味しそうな料理を作ってんな~この家、っていう匂いもある。あれ、本当気になる。何作ったらそんな匂いになるの。


いつかテレビで、「人間は香ばしさと、脂っこいものに『美味しさ』を感じる」という研究結果が発表されていた。確かにそうだ。肉の脂も、魚の脂も、摂り過ぎはちょっとしつこくなるけど、適度に欲しくなる。


パサパサより、ふっくらジューシーな鯖の塩焼きが食べたいし、噛みごたえがあるより、お箸だけでホロホロ切れちゃうような豚の角煮が食べたい。あー食べたい。


家族でもない限り、永遠に知ることのできない、他人の家のご飯。だからこそ、人は魅力を感じるのかもしれない。


お昼のワイドショーを楽しみに見ている人が意外と多いように、他人の家のご飯事情は主婦だけでなく、多くの人が興味を持つものなのだろう。



ちなみに、我が家の今夜の献立は麻婆豆腐です。ジャン!

先日、久々に外食をしたときのこと。


私たち夫婦が座る席の向かい側に、女性3人組のお客さんが座っていた。最初は気にも止めていなかったが、よく見ると全員、箸を持つ利き手だけテーブルの上で、もう片方の手は下に、つまり椅子に手を置いて食べている。


正直、行儀悪いなあと思った。自分も時々、非常に疲れた状態で食事をすると、片手だけで食べてしまうことはあったが、思いのほか見苦しいものだなあと気づかされた。

私はそれほど行儀がよい方ではない。ナイフとフォークを使う料理は苦手で、お肉を切る際はつい、カチャカチャ・キーキーと音を立ててしまうことがある。



でもこんな私も、昔は母から『口がすっぱくなるほど』お行儀の教育を受けた。肘をついて食べるようなら、すぐに「コラ!ひじつかないの。」と叱りの言葉を受けた。


あまりにも続けて肘をつくと、『痛みを感じなければわからない』と、定規でピシピシ叩かれたこともある。なんだか昭和メロドラマに登場する、教育ママみたいだ。



当時はうっとうしいなあと思っていたが、大人になってみるとやはり、大切なことだったなと実感させられる。


行儀だけでその人を判断することはないけど、やっぱりお仕事もプライベートも完璧な人が、食事の時は、肘を思いきりついていたり、ぺちゃくちゃ音をたてて食べていたりしたら、がっかりする。



ありがたいことに、私の周りの人達は、みんな育ちの良い方ばかりだったので、「うわあ・・」と思わず感じてしまうようなことはなかった。むしろ自分の方が、行儀が悪くて恥ずかしいな・・と思っていたくらいだ。



女性に生まれれば尚更、気になってしまう。自分が気にすればするほど、周りの行儀が気になってしまう。めんどくさい話である。



今日の一件で改めて、誰に見られているかわからない世の中、気を抜かないで食事をしないとなあと、思い知らされたのでした!!

更によく見ると、女性2人は大学生くらいの娘さん、そして一人は母親のようだった。母親すら、そんな食べ方をしているのだ。ますますびっくりな話だ。



正直、このことは言うべきか否か、と思っていたけど、言うと私もスッキリするし、これ以上一人でモヤモヤ考えるのもやめたい、という気持ちからお話させて頂きます。


ちょっとシビアな内容なので、気分を害される可能性がある方は閲覧を控えて頂ければと思います。ごめんなさい。


結婚して1年と5ヶ月、そろそろ子供が・・・という時期にきたと思いますが、我が家はまだまだその兆しはありませんあせる


正直自分ではもっと早く子供が授かることができる、と思っていました。


でも、どうやら自然妊娠は厳しいかもしれない、という結論が見えてきたのです。


妊娠を希望する女性ならわかるかと思いますが、基礎体温計というものがございまして、それを定期的につけるようになりました。


基礎体温計、というのは女性特有のホルモンバランスの中で、低温期、高温期というのがあり、それを測ることができる便利なもの。


基礎体温を毎日、決まった時間に図ると、例えば2週間以上高温期が続く人は、妊娠検査薬を使わなくても、妊娠している可能性があるかどうか、わかるのです。


この半年間ほど、ずっと基礎体温をつけてきたのですが・・・残念なことに、私にはどうやら高温期がないかもしれない、ということが明らかになったのです。


高温期がない、ということ。それは無月経、もしくは月経があっても、『排卵をしていない』ということです。私の場合、月経はありますが、恐らく自力で排卵ができていない体の可能性があるのです。排卵が自力でできなければ、当然、自然妊娠も不可能なのです。



現在、正確な病院の検査を行ってはいないので、私は自然妊娠が完全に不可能な体なのかどうかは、まだわかりません


正確な検査・治療を行えばいいのに・・・と思う方もいらっしゃると思います。でもそのためには高額な費用と、気持ちの余裕が必要になります。一度、二度だけ行って、済む話ではないのです。まだまだ未熟な私たちにとっては、頻繁に、気軽に行ける場所ではありません。



日本では2年以上、欧米では結婚して1年以上、妊娠できない場合は『不妊である』と言われています。欧米の設定でいけば、私は不妊の状態なのです。現実はなかなか残酷なものです。


でも、そう予測される結果が見えてきたとき、不思議とあまり焦りはありませんでした。


昔から病気がちであったこと、頻繁にきつい薬を飲んでいたこと、生活が不規則であったこと、様々な思い当たる節がありました。


また身内である姉も自然妊娠ができず、現在はめでたく2人子供がいるのですが、1人目は産婦人科での長期的な治療により妊娠できた、という体験談も身近にあったので、割と「ま、しゃーないかなー」と、最初はすんなり納得することができたのです。


しかし、納得はしたものの、日々生きているといろいろな情報が入ってきます。


次第に、妊娠・出産・おめでたという言葉を聞くのが辛くなるほど、精神的に落ち込んで行きました。全く自分と面識がない、芸能人のおめでた報告でさえ、残酷に私の胸に突き刺さりました。その報道がテレビに出るだけで、チャンネルを変えるほどでした。


自分より後に結婚をした人の妊娠報告も正直、辛かったです。どうしてあの子はできて、私にはできないの?何か特別なことをしていたのだろうか?私何か罰の当たるようなことをした?どうして私だけ?悲しいけれど、そんな気持ちに悩まされました。



今もその気持ちはなくなったわけではありません。お隣さんも新婚夫婦だったのですが、すぐに子供が産まれて、毎日赤ちゃんの泣き声が聞こえるたびに辛くて、苦しくて、時には苛立って「うるさい!だまって!」と言ってしまったり、泣いてばかりになってしまう日もあります。そんな自分が情けなくて、恥ずかしくて、もう死にたい、なんて簡単に無神経な発言をしてしまうときもありました。



でも、きっとこんな思いをしているのは私だけではないはずです。これだけ不妊に悩む人がいる現在、もっと苦しい思いをしている人もいるんじゃないか。



幸いなのは、夫がとてもプラス思考な人だ、ということです。

夫も当然、周りの人から「子供はまだなの?」と聞かれていました。最初は少し気にしていたようです。


でも次第に、「気にしてどうなるんだ」と考えるようになったといいます。彼らは悪気があって、そう聞いてくるわけはありません。結婚した新婚夫婦に「子供はまだ?」という質問は当然のことです。


夫は努めて明るく、「いやーまだなんですよ~まあそのうちね」と答えるようにしていました。周りの人も最初は頻繁に聞いてきたそうですが、気を使い始めたのか、最近はあまり聞かれなくなったそうです。


私はその気を使われる、ということさえ、すごく嫌だな~と思ってしまうのですが、夫は至って冷静でした。




「ごめんね、子供をつくってあげられなくて。気にしているでしょ?」

ある日、私がそう言うと、夫は「はあ?何言ってんのさ。」と明るく返してくれました。


「子供は二人で納得してつくるものでしょ?今は必要ないってことだよ。二人ともまだまだ成長しなきゃいけないし、今実際、子供ができて、何不自由なく、貧しい思いもさせずに、きっちり成長させていけると思う?」


「若くして、子供ができる夫婦だっているけど、よく見てごらん。彼らがみんな裕福な生活をしていると思う?きっとなんでも買い与えてあげられるような生活はできていないはずだよ。みんな切り詰めて生活しているはずだよ。


子供がしてほしいことを、すぐに、してあげられないような、そんな親になりたいの?自分の子供のことは、できるだけ自分達でなんとかしてあげたいでしょ?自分自身が親になったのに、おじいちゃんおばあちゃんに、頻繁に自分の子供のことでお金を出してもらう・・・なんて情けないと思わない?」


「気にしない。気にしすぎたら余計授かる事なんてできないよ。焦って行動したって、絶対良い結果なんて待ってない。どこかでつまずいて苦しむだけだよ。」


「今、やれるだけのことやっておく。焦らない。俺たちは俺たちのペースがあるんだから。周りに流されるなんて、お前さんもまだまだ甘いな~。」



なんだか必要以上に話されて聞くのがちょっとめんどくさくなるほど(笑)、沢山たくさん、私を勇気づけてくれました。本当に良い旦那さんを持ったものです。


「もし、一生子供ができなかったら?」そんな質問にも夫は明るく答えてくれます。


「え?やったー!一生奥さんを独り占めできるやん。男は奥さん子供に取られた~と思っちゃうもんだからね。そしたら一生ラブラブな夫婦でいようよ。二人で沢山楽しい思い出作って、有意義な人生になるよ~ふふふ~。」



夫も、そう思えるようになるまで、様々な葛藤があったと思います。


俺にも原因があるんじゃないか、どうして子供を作らせてあげられないんだろう、一人でモヤモヤ考えたこともあるかもしれません。でも、夫は私よりずっと大人で、一生懸命私を支えようと努力してくれています。本当に心強い存在です。




いろいろ悩むこともあるけれど、今は考えすぎず、焦らず、自分のペースを崩さないように、向き合っていきたいと思います。

子供を授かるのは何年先かわかりません。一生授からない場合も考えられます。でも、そうなったとしても、私は死ぬときに後悔しない、納得のできる人生を歩んでいこうと思います。



とりあえず、子供ができるまでは・・・貯金しつつ、自分達のためにたっぷり時間とお金を(笑)使っていきたいと思いますにひひ音譜


結婚してすっかりインドアな人間になってしまいましたあせる


それまでは一人でカラオケに行き2,3時間歌ってきたり、カフェでお茶してきたりなど、平気でしていたけど、結婚後は一度もできていませんガーン


自分で働いて稼いだお金は自由に使えていたから、というのも理由の一つだと思うビックリマーク結婚すれば、『自分の稼いだお金は全額、自由に使ってやるぞ!』ともいかなくなるのですショック!


夫婦によっては結婚後も財布は別々よ!なんて家もある中、我が家では基本は夫の出費で賄うけれど、光熱費を除く生活費は、ほぼ私のお給料でやりくりしておりますひらめき電球


結婚前にやりたいことやっとけ、という既婚者の助言があるけど本当その通りですよ!!


海外にまだ行ったことがない、とか、自分のためにこれでもか!とお金を散財したことがないとか言う人は、後悔がないくらい、思う存分自分のために使えるだけ、お金を使ってください(笑)その方が日本経済も潤うし、一石二鳥よ!!


さて、結婚して、自由にお金は使えなくなったし、もうストレスぷんぷん丸だわ!ってな状態かというと、実はそうでもありません。



結婚する前はそりゃあ、お金は割と自由に使えていたけど、やっぱり自分一人のために、どこまでお金だけでなく、時間も割くことができるか、という話になってきます。


私は割と一人が好きな方でした。


過去に大阪へ家族旅行に行った際、(訳あって、家族が同時に集まって出発することができず、現地でバラバラに集まるという、『なんでその日に行こうとした??』と聞かれてしまうような、無謀な旅行を決行したのですが)大阪の街を一人で6時間、平気で彷徨うこともありました。


名古屋や栄など一人でスッス~と行って、おしゃれなカフェにもサラサラ~と入店し、「ローズヒップティーとチョコスコーンください」と、華麗に注文してみせる、勇気ある女だったのです



それが結婚して徐々に『一人ぼっちは嫌なの』キャラになってしまいました。キャラというか、性格も変わってきた気がします。


今でも長時間、一人でも過ごすことはできますが、常にどこかで「ダーダ(旦那さんの愛称)、早く帰ってこないかな~」とか、「ダーダ今何してんのかしら~」と考えてしまいます。


それは、旦那さんの方も同じなのか、週に何度か、仕事中でもLINEでスタンプを送ってきてくれます。仕事中やろ!!と突っ込みつつ、やっぱりこまめに連絡がもらえると、嬉しいものです音譜




帰宅する際には毎日必ず「今から帰るよ~」と電話をくれます。別に私から頼んだこともないのに、自然とかけてきてくれるのです。私が朝から体調が悪いと訴えていた日は、昼前に1回、夕方1回かかさず連絡してきてくれます。新婚なら当たり前のことかもしれないけど、意外とそういう習慣がない夫婦だっているはずです。



特に毎日仕事が終わるとかかさず電話をくれる習慣は、結婚前からのことで、よく続くなあと、私は感心してしまいます。私が彼氏なら、絶対めんどくさがってしませんDASH!



休みの日も、友人と飲みに行くなんてこともせず、なるべく私と一緒に過ごす方を選んでくれる、そんなマメな旦那さんと一緒にいると、例え自由に使えるお金や時間があっても、『旦那さんと一緒じゃなきゃ、つまらないしなー』とより強く、考えるようになりました。申し訳ない気持ちもちょびっとあるかな??



もちろん、今でも詩を書くとき、ブログ更新するとき、音楽を聴くときなど、一人の方が集中できるため、一人で行動したい、という時もあります。


でもやっぱり誰かと一緒に行動する楽しさを知ってしまうと、そちらの方が一番!と思うようになりました。


これが結婚する、ということなんでしょうな!!


まあ、ますますインドアな人間になっていってしまうけど・・・汗


この先、5年後、10年後も同じように考えているかはわからないけど、とりあえず今は二人で過ごす時間を大切にしたいなーと思っています・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


あ!!もちろん友人と過ごす時間も私にとってはかけがえのないものです!!


また皆様には近々連絡しますので、ひとつよろしくお願いします(笑)


ではでは~(≡^∇^≡)




カレーの具はゴロゴロと形が崩れているのどっちがいい? ブログネタ:カレーの具はゴロゴロと形が崩れているのどっちがいい? 参加中

私はゴロゴロしている方がいい 派!

本文はここから


これ、すごい難しい質問だと思う。


一応『具がごろごろしている派』に投票したけれど、常にそのカレーがいいかとなると話が変わる。



例えば、日によっては具の形が崩れている、というか、どろっとさえしているインドカレーが食べたい時もある。どろっとしたカレーに、焼きたてで香ばしく、パリっとしたナンをつけて食べる・・・もう最高の組み合わせラブラブ



インドカレーが食べたい時もあれば、家庭で作るような煮込み過ぎない、具がごろっとしたカレーを食べたい時も当然ある。特にお腹が空いているときはこちらの方が食べる側としては嬉しい。


なので、もしこの質問が『どちらも好き』という意見を含めた3択であれば、確実に『どちらも好き』の一つに投票すると思う。



カレーといえば、我が家ではカレーの登場率が高い。なぜなら夫が大好きだからである。


「一週間のうち1回はカレーがいい」と言うほど。

でもそう言う割にはいざ、カレーを出すとやたらソースを入れたり、七味を入れたりとアレンジしてしまうのだけど・・・あせる



カレーが好きなら、まずはそのまま食べなさいよ!!と声を大にして言いたい。カレー好きを公言するなら『ありのままのカレー』を愛してほしいと思う。カレーもそう心から願っていると思うよ。



作る側としては、一週間のうちに1回、カレーで済まして良いのは助かる。洗い物が大変だけど。


特にお弁当用の魔法瓶のゴムパッキンについたカレーを洗う時。あれ、なんで綺麗に1回で洗えないのか。細かいところまでスポンジ+ブラシを駆使して洗わないと、カレーの油が取れない。本当めんどくさい汗



他にも我が家は麻婆豆腐の登場率も高い。これも夫が大好きなメニュー。私の作る料理の中で一番好きなんだそう。普通の麻婆豆腐も作るし、我が家オリジナルの塩麻婆豆腐も作る。(オリジナル・・でもない??)


普通の麻婆豆腐は豆板醤が味の決め手だが、塩麻婆豆腐の場合は、豆板醤は使わず、鶏ガラ・中華だしなどに生姜とごま油、お好みで柚子胡椒を多めに入れる。普通の麻婆豆腐よりさっぱり頂けるので、オススメですラブラブ



麻婆豆腐が一番好き、というか、夫はこの料理以外で私の作った料理をおいしいと褒めてくれることはほぼ、ない(笑)


夫は自分でも料理をさささーと作ってしまうお料理上手さんなので、料理の仕方で、ちょっとでも不足した部分があると怒る。


「これ、アク抜きしなかったでしょ。」

「ちゃんとお肉に下味つけて炒めた?」

「ごま油入れるタイミング早いよ」

「香り付けしないと。」

「炒めすぎには注意してよね」

「野菜は綺麗にゆでてよ。色が抜けてる」

「なんか味がうすいなー」

「なんかコクがないよね」

「味が雑。切り方も雑。」

「盛りつけのセンスないな~なんとかならない?」


上記のような発言を聞きながら私は日々料理している。若干キレ気味で(笑)

いや、腹がたっているばかりではいけないのはわかる。夫の言っている感想は正しいのだ。自分でもわかる。



しかし、私の母親は料理の意見しようものなら

「作ってもらった人に失礼だ!文句があるなら食うな!」と言って皿を取り上げるような人だった汗今考えると結構、無茶苦茶なことを言う母親である。


文句、というか意見を述べているだけなのに・・・と思っていたけれど、当時はどれほど味に疑問を感じても、意見をすればご飯を食べられなくなってしまうので、意見を言わずになるべく食べていた。



だから我が家ではどんな料理が出ても、父でさえ母に意見を述べたことはない。(姉さん女房だからというのもあったかもしれない。5歳の年の差がある。)


その経験が深く自分に刻み込まれているので、料理に意見を述べる=失礼な行為であると最初は思っていたのだ。そのため新婚当時、料理に意見を述べられて、とても傷つき憤慨していた。



しかし1年も経てば、自分の料理の味に対して確かに、納得できない部分があることに気づかされてゆく。そのため最近は素直に夫の意見を聞くようになったし、自分からどうすればおいしくなるか、聞く余裕もできた


「くそっこの野郎、じゃあお前が作れよ。」と思いながら。


もし宝くじが当たって、億万長者になったらやりたいことは一つ、もう二度と夫に文句を言われなくてもいいよう、お抱えのシェフを雇うことだ。



私はどちらかというと、料理を作るよりも、食べることが好きなのだ。むしろ作ることはあまり好きじゃない。本当料理ってめんどくさいよねガーン


そんな料理と日々向かい合っていると疲れるので、旦那が今日は会社の飲み会で夕食は一人分でいい、なんて日はとことん手を抜く。


昨日がその飲み会の日だったのだが、私の夕食は、母からもらった韓国のりで作ったおにぎり2個と、キャベツとおあげたっぷりのお味噌汁のみ。これで十分だ。


私が料理に対して前向きに取り組めるようになる日はやってくるのか・・。ちょっと心配な今日この頃です。