ローバー隊隊長の言葉 -35ページ目

ローバー隊隊長の言葉

月一のローバー隊集会での、「隊長の言葉」です。

スカウティングの目的は「社会貢献」であり、その目標は「自分で考えて行動できる青年の育成」です。

ローバーはその最終部門であり、スカウティングの仕上げです。そのヒントになる話を毎回隊集会で話しています。今月のテーマは「総長」です。

 

ボーイスカウトには、総長という役職があります。

Chief of Scout、世界の総長はもちろんベーデンパウエル。

そして日本連盟の初代総長が後藤新平です。

 

明治から昭和初期にかけて幅広い分野にわたって活躍した政治家。医師として出発し、内務官僚や南満州鉄道株式会社(満鉄)総裁、東京市長などを務め、1923年の関東大震災直後には被災した東京の復興のための「帝都復興院」を創設し、リーダーシップを発揮した。

185764(旧暦、太陽暦724)、陸奥国胆沢郡塩釜村(現岩手県奥州市水沢区)生まれ。福島県の須賀川医学校に学び、19歳で愛知県病院に赴任する。内務省衛生局に入り、ドイツ留学を経て、92年に内務省衛生局長に就任。98年に台湾総督府民生局長となって統治計画を推し進め、1906年には満鉄の初代総裁となり、数々の事業を軌道に乗せ、08年から11年まで第2次桂太郎内閣の逓信大臣兼鉄道院総裁を務めた。16年から18年までの寺内正毅内閣では、内務大臣兼鉄道院総裁を務めた後に外務大臣に転じ、20年には汚職事件で引責辞任した東京市長の後任に就き改革に取り組んだ。関東大震災の翌日に発足した第2次山本権兵衛内閣で内務大臣となり、就任5日目には閣議に「帝都復興ノ議」を提出して「帝都復興院」を創設した。大規模な区画整理や道路計画を打ち出し、近代的な橋梁(きょうりょう)や復興小学校の整備を盛り込むなど、焼け跡に近代的な首都のグランドデザインを描いた。この東京復興計画は、現在でも有効だとして高く評価されているという。

公衆衛生、鉄道、通信、金融、都市計画などの多岐にわたる事業に、徹底的な調査や優れた人材の抜擢(ばってき)をもって取り組み、大胆な構想は時に「大風呂敷」と言われた。その長期を見据えた仕事ぶりは近年、再評価されていたが、2011年の東日本大震災で再び注目されている。1929413日死去。

 

自治の三訣

ボーイスカウト日本連盟初代総長を紹介した後藤の肉声(NHK・その時は動いた)のことば

「まず我が身を修めるというほかはない。我が身を修める自治の力が治国平天下の基礎である。

かねて私のいう自治の三訣(さんけつ)『人のお世話にならぬよう。人のお世話をするように。そして報いを求めぬよう』と少年時代から心がけてこれを実行するのであります」

 

最後の言葉

第4代総長三島通陽の『スカウト十話』によれば、後藤が倒れる日に三島に残した言葉は「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」であったという。

 

総長とはすべてのスカウトの憧れです。

後藤総長は、丸メガネのその風貌から歌にも歌われた親近感があったそうです。

日本連盟総長は、第7代渡邊昭を最後に2003年から空席です。

イギリス連盟の現在の総長はベアグリルスという42歳の冒険家です。

個人的にはそろそろ新しい総長が誕生してもよいのではと思っています。

 

 

 

 Paddle your own canoe