第二子妊娠中はなるべく動かず置物のように過ごしてました。
家事はいつもどおりしてました。
ただ妊娠8ヶ月くらいから、ともさんの赤ちゃん返りが始まり
「ママじゃなきゃ嫌」病
「歩かない!抱っこ!」病
発動。
11キロの子を抱いて歩くのはキツかったです。
そして、地蔵も青年会議所に入り、仕事もいろいろ手がけていたので夜はほぼ家におらず、さらにともさんは大仏子にベッタリ。
ある日、地蔵が仕事で隣県に泊まりだった日の夜中。
日曜日でした。
前駆陣痛かな?と思われる痛みが。
でもまだまだ我慢できたので、寝てしまおうと目をつぶりました。
そしたらどんどん痛くなってくる。
もしかしてこれ本陣痛なんじゃ…
なんてこった!
地蔵がいない日に!
クリニックへ着くまでの「やらなければならない事項」を思い浮かべ、軽くパニックになる私。
入院バッグ持って
娘の荷物と保育園の荷物持って
あ、明日保育園お弁当の日じゃん!と何故かお弁当を作り始めw
地蔵に電話して
タクシー呼んで
義実家に電話して
この辺で痛みが本格的になり、いきみたくなってこらえるのに必死。
さすが2人目、進むのが早い。
お弁当作りを諦め←最初からしなきゃいいのにw
爆睡していた娘を起こし
着替えさせようとするも
私が痛がってるので娘が号泣
でも痛くてなだめることもできず
この辺で破水
さらに痛くなる
こりゃまずい。
痛すぎてタクシー来ても動けないかも…
という絶望感に襲われました。
でもとりあえず破水してびしょびしょだった床を拭きw
タクシー到着の電話がなりました。
そしたら偶然にも地蔵の親戚のおじさん!
ここぞとばかりに甘えましたw
「出張で今日県外に泊まりなんです…」
親戚のおじさん、プリプリ怒ってらっしゃいましたw
車社会の田舎は、まだまだ陣痛タクシーなんてものはないんですね。多分。調べてないだけ。
だってまさか地蔵がいない時に陣痛がくるとは微塵にも思ってなかったので。←甘い
荷物を持ってもらい
娘を抱っこしてもらい
義実家に娘を預ける時も家まで娘を連れてってくれ
クリニック着いたら分娩台まで荷物を持ってきてくれました。
本当に感謝です。
床上げ後に菓子折り持って挨拶に行ってきましたw
第二子は、クリニック着いて10分で産まれました。
点滴装着したりするので、助産師さんからは「もう少し待って」と何回か言われました。
いきんでOKの合図でてからあっという間の超安産でした。
赤ちゃんも結構な時間出てくるのを止められて苦しかったようで、産まれてもすぐ泣きませんでした。
助産師さん達がバタバタしているのを横目に、やっと泣いた時は私も泣いてしまいました。
少し落ち着いてきた頃、地蔵到着。
「もう産まれたの!?」
とびっくりしてました。
地蔵はいつ終わるかわからない、エンドレス腰叩きを覚悟していたようです。
本当は二人目は無痛分娩を予定していたのですが、使う暇もなくw
普通分娩でした。
進むのが早く、骨盤が急に広がったからか
お産が終わった後しばらく産まれたての子鹿のように脚のガクガクが止まりませんでした。
そういえば…
タクシーの料金を払ってないことにふと気付いた大仏子。
その旨を地蔵に伝えたら、運転手のおじさんが義実家まで徴収に行ってくれ、義父母が払ってくれたそうですw
そして、一旦家に帰った地蔵は、作りかけのお弁当と開けっ放しの炊飯ジャーを発見し、だいぶ混乱してたんだな…と思ったそうです。








