生まれは2746g、女の子。
とにかくともさんは、乳児期は体が弱かったです。
産まれてしばらくは、おっぱいを吸う力が弱く、乳首に補助器を付けても吸えず、搾乳して哺乳瓶で母乳をあげる日々でした。
でも飲んだら飲んだ分だけ吐く。
体重はギリ曲線内でしたが身体は細かったなぁ。でも身長は曲線の上の方。
洗濯物は増えましたが、夜たくさん寝てくれるので大仏子としては大変有り難かったです。
生後半年頃、義実家の会社を手伝う為、ともさんを保育園に預けることに。
義父の知り合いの方が園長先生をされている保育園へ。
ちなみに選択肢はそこ一択でしたw
なんと市で一番保育料が高い…
家計に大打撃です…
そこがたまたまモンテッソーリ教育をしている保育園で、基本ケセラセラな大仏子は深く考えずにともさん入園。
モンテッソーリのことはいつか書きます。
入園してからが大変でした。
様々な病気をもらってきました。
そしてそれがいつも重症化。
夜中、病院に何度駆け込んだか…
で、ある日の休日。
いつものようにもらってきた病気が重症化し、休日診療している総合病院へ。
そこでたまたま有名な小児科の先生が診てくださり。
それまでの数々のカルテを見ながら疑問に思ったらんでしょう。
「精密検査してみましょう」
というわけで検査入院。
まさかの展開にたじろぐ大仏子。
そして血液検査の結果
「慢性良性好中球減少症」
でした。
最初は「は?」となりましたw
聞いたことない長い病名。
まさか命に関わるとか?
長く生きられないとか?
ぐるぐるぐるぐる頭の中を良くない考えが巡りましたが、先生の説明を聞いてみると
血液の中の成分で、主に細菌と戦うのが白血球。
その白血球の中でも実働部隊なのが好中球。
その好中球が人よりも少ないという結果でした。
簡単に言えば、集団生活すれば色んな病気をもらうし、もらうと細菌と戦う実働部隊が少ないので悪化しやすいってことです。
この好中球をともさん自身で作ることが出来るかどうか、数日後に血液検査をするということで入院。
結果は自分でつくることが出来るということでした。一安心。
2歳くらいまでには自然に治るでしょうとのことでした。
ただし、ある程度良くなるまで保育園はお休みしてくださいとドクターストップがかかり、ともさんは一ヶ月で退園したのでしたw
おかげさまで、1歳半くらいで先生から完治の判断が出て、再び保育園に通い出しました。
最初は置いてくるときにずっと泣いていた娘。
後ろ髪を引かれる思いで大仏子も泣きながら帰り道を運転したものです。
そんなともさんも、今やウキウキしながら笑顔でバイバイして保育士さんの元へ走って行く日々です。
成長を嬉しく思いますが、ちょっと寂しくも思いますw









