ねじまき鳥はもういない。
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ねじまき鳥はもう聞こえない

今日、ついさっき、20分ほどまえ、

ぼくは妻をレイプした。


何故したのかそれが問題なのだが、

それは妻を力づくでも抱きたかった。

ヶ月ものあいだSEXを拒絶されていたから、

我慢ができなかったし、どうせこのまま手をこまねいていても全てを失うのだから、

それならやれることはやってやれと思ったからだ。


濡れてない妻のそれに、むりやり挿入した・・・。

ああ、神様。ぼくは今何をしているのだろう。

だけど、もう進んだ以上は引き返せない。


ぼくは果たして妻をとりもどすことができるのだろうか。

ぼくを急に何の理由もなく毛嫌いするひとりの女をまたふりむかせることが可能なのだろうか?


ぼくはドストエフスキーが書いた一つの挿話を思い出す。

砂漠で道に迷った旅人が、同じように迷った旅人に遭遇する。

旅人はもうひとりに残り少ない水を分け与える。

「なぜ、あなたは自分の身をさしおいて、みずしらずのわたしに施してくれるのですか?」

水をあたえた旅人はこたえる。

「何故でしょうか。たぶん、あなたがみずしらずの人だからではないでしょうか。

わたしは自分の家族には何もしてやれませんでした。

だが、見ず知らずのあなたには不思議と今こうしてあげられるのです」と。


ぼくは確実に弱い人間に属してる。

妻を失いたくない。

原因を探りたい。

そんな女はやめたほうがよい、と他人からの相談事ならきっとそう言うかも、おれは。

だけれども、当事者としてはそうはいかないのです。

マジで。





ねじまき鳥はもういない③

ぼくは妻をとりもどそうとしている。

それは、クミコが家を出て行ったことと酷似している。


他に男ができている、少なくとも大好きだ、という感情を、

妻がぼく以外の男にたいして持っていたことに、

ぼくは受けたことのない大きなショックにうちひしがれ、

嘔吐さえもよおした。


オカダ家は猫が一つのキーパーソンだったが、

我が家は犬だった。

飼いはじめたばかりの、メスのミニチュアダックスフンドである。

彼女をめぐって、妻と幾度と言い争いをし、

そして妻は損なわれ、ぼくの元から去った。


ぼくは家族を失い、全てをうしなったわけではないのだ、と

自分に言い聞かせつつも深い喪失感にさい悩まされている。


これは妻をとりもどすと同時に、自分を取りもどす冒険である。

だから枯れた井戸の中に閉じこまらなきゃならないし、

天敵とも闘わなければならない。

それが例え、強大で、嫌悪感に満ち満ちていようとも・・・。


ぼくは妻に言った。

おれのところにもどってきてくれ。お願いだ。

こづかいも半分で良いから・・・。

初めて恥を覚悟で彼女に訴えた。


だが却下された。

却下された。

かくじつに、まぎれもなく、却下された。

ねじまき鳥はもういない②

クミコは告白する。

牛肉とピーマンの炒め物は嫌いなのだ、と。

そんなことも知らなかったの? 6年間も一緒にいて!とクミコはなじる。

その言葉にオカダトオルは慌てるが、

ぼくもひどくうろたえた。


ぼくは妻のことをどれだけ知っているだろうか?

妻がもっとも好きな食べ物ベスト5を当てられるのか?

嫌いな食べ物ワースト5は当てられるのか?

6年、7年もいっしょにいて、ぼくはどれだけ妻のことを知っているのか。

おそらく知らない。

いや、大事なことは、知らなかったという結論ではなく、

知ろうとしなかった。っていうことだ。


ぼくが知っている妻は、ぼくが知ろうとした部分だけの妻に他ならない。

ぼくは妻の全てを知ろうと努力しなかったし、めんどうなことには目を伏せてきたのかもしれない。


そう意識すると、一日一日妻が何か違う人間に思えてきてしまう。

ぼくは、妻の影の部分の存在に気づいた。

それは氷山の海中に沈んだ部分に似ている。

そして、そこからぼくは、妻をとりもどす冒険がはじまった。


それは、オカダトオルさんに符丁するように。

ねじまき鳥は世界の地軸のねじをまきつづけているのだろうか。

ぼくにはそれは感じられない・・・。