森信三先生の講演録「立志式に当たりーー人間の生き方」(4)

 

10月12日(月)スポーツの日。

 

五十五才から七十才という最後の十五年!

 

ところで、道を歩いているなら、イカれているで済むかもしれんが、人生の目的、その終着点について尋ねられて、相当の人でも即答できる人が少ないというのは困ったことですね。失礼だからいちいち尋ねはしませんが、今日相当な地位にいる人でも、相当できる人は極めて少ないでしょうね。

 

ぱっと答えられるんでなくては、真に分かっているんではないですぞ。間髪を入れずに、パッと答える、そうでなくて、「さあ、それは」なんて言っているのでは生ぬるいな。ところが日夜、「これでよいか」「これで間違っていないか」と、常に念を押していなくてはパッとは答えられませんよ。

 

だから人生の根本問題に対して、パッと答えられるということは、実は容易ではないですよ。真に一流の、否、特級の人でないとーーこれは社会的にいうのではありません。社会的に一流なんていっても、あやしいもんだからね。「さあ、それはーー」なんて言って、カムフラージュなんかして、ごまかして相手を煙にまくなんて、そんなのは全部ダメだな。

 

そこで私の考えを申しますがね、先ず年令的に考えて、人生の終着点は一体何才くらいかを言っておこう。年令的にいって、ラストヘビーは五十五才辺から駆け出して、七十才で一応ゴールインと考えたらよいでしょう。こういう話は、恐らく皆さんのうちでも、特殊の人以外は、ほとんど初めて聞くでしょう。

 

ところが五十五才というのは、サラリーマンの首の落ちるときです。ということは、サラリーマンになったら、定年になって首が落ちても人生最後のゴールインには、なかなか入れんということです。

 

中学校を終わっただけで、理髪屋さんや、すしやさん、またクリーニング屋などになって、いかに小さくても、自分の店舗を持っているような人は、五十五才から七十才という人生最後の十五年を、堂々と男らしく生きていかれるんですよ。ところが悲しむべきことに、こういう人たちを頭から軽蔑しているのが、現在の学校教育のやり方なんだ。大きな誤りと言わねばならないね。