講演録「西博士と西田博士」(29)

 

7月4日(金)

 

「西博士と西田博士」(昭和38年11月10日、森先生68歳)と題する講演は、西晋一郎先生の二十周忌法要の後、広島大学で特別に開催されたものです。本日は西田哲学の展開に当たっては「西哲学とマルクス主義」という二重媒介を必要とするとの見解を述べています。

 

西田哲学も西哲学とマルクス主義の二重媒介が必要

 

今日いわゆる西田門下の人々のうちで、明確にこの立場に立っている人は極めて少なく、厳密には後で述べる「実存と労働」の著者鈴木亨氏一人くらいのものでしょう。

 

ところで私には今一つの立場として、西田哲学もまた西哲学とマルクス主義という二重媒介を必要とするという見解の成立が可能だと思われるのであります。ではそれはどういう処から言えるかと申しますと、西哲学は西田哲学と比べて、はるかに民族的色調をもつ点から申すのであります。

 

もちろんこれは、必ずしも国体觀ということだけを申すわけではないのでありまして、先生が中江藤樹、二宮尊徳、石田梅巌等、民族の先哲に対してご造詣の深かったことによっても、このことは伺われるのであります。

 

なるほど西田先生の思想も、それが禅的体験の体系的自証という点では、たしかに東洋的と言えましょう。しかしそこには前に挙げたような、民族の先哲の学問的態度からその思想的養分が汲みとられているとは言い難いのであります。

 

もちろん今後私どもが、こうした民族の先賢の学問的態度に学ぶとしても、それ故に先に述べたマルクス主義の媒介を不必要とするわけではありません。しかしそれは単に西田哲学をマルクス主義を媒介として展開するのと比べて、はるかに困難な問題とは思います。

 

しかし、困難さの故にその必要がないとは言えないと思うのであります。随って、今後西田哲学の門流を汲む人々の中からも、西哲学とマルクス主義との二重媒介によって、来るべき民族の体系的な思想を展開する俊英の出現することは、大いに望ましいことだと思うのであります。