「不尽片言」の「道と実践」に学ぶ

 

5月19(火)

 

 

*時代がこういう時代になると、どうも宗教というコトバさえどこか空しい感

 じのする場合が多くて、宗教というよりも、むしろ「人間いかに生きるべき

 か」という方が、ピッタリくる人が多くなりつつあるのではないでしょうか。

 

 あるいはさらに端的には「人間の生き方」―――これだけでもいいでしょう。

 それというのも、もともと宗教も哲学も、「人間の生き方」を求めるために

 生まれてきた「方便」にすぎないとも言えるからです。

 

 

*人生の生き方――については、何人もみなマチュアであって、この点で「専

 門家」と称しうる人は無いはずです。然るに世間で宗教家と呼ばれている人

 々の多くは、

 

 宗教に関する話などによって自分の衣食を支えられていることを忘れて、

 さも「人生の専門家」ででもあるかに考えているらしいのは、まことに笑止

 という他ないですよ。

 

 

*わたくしの個人誌「実践人」は、前身の「開顕」誌を含めて通算しますと、

 すでに三百七十号近くになりますが、途中ある事情により誌名変更の余儀な

 きに到った際に、最初は「生活者」としたらと提案したところ、

 

 故上村秀夫氏から「生活者」という名前はすでに倉田百三氏が個人誌として

 永く使ったものだというわけで、結局現在の「実践人」に決まったわけです。

 

 しかしこの「実践人」という誌名の底には、「行者」という古語のもっている

 匂いが、何パーセントかは含まれているといってもよいのです。即ち「最モ

 ダーンな行者」というわけです。