「不尽片言」の「道と実践」に学ぶ
5月14(木)
*廊下の紙屑というものは、それを見つけた人が拾ってやるまで、いつまでも
そこに待っているものです。もっともこれは、紙屑を拾うように努めている
人だけが知っている消息なんですが——。
このように世の中には、実践しなければ分からない世界が限りなくあるよう
です。足元の紙クズを拾う点では、わたくしは人後に落ちないつもりです。
神戸大学七年間は、就任の翌日から退職のその日まで、見つかった紙クズは
凡て拾ったですね。
ただし学生たちにはただの一度も、「紙クズを拾いなさい」とは言わなかった
ですが、それはわたくし自身の経験からして、紙クズというものは、学生時
代には眼に入りっこないものだからです。現にわたくし自身がそうでしたから。
*インテリは泥くさいと軽蔑しやすいが、植物はあの黒々とした土からでない
と、青々と育たないように、人間もどこか一脈泥くさい処がないと、とかく
実践をきらいがちになるようです。
ところがインテリは、泥臭さをきらうために、根が空中に浮き上がって、空転
どころかへたをすると枯死してしまいますね。
*(登校拒否の中学生をもって困りぬいた――母親から相談を受けた森先生は)
その解決方法はただ一つあるだけで、それは明日からあなたがご主人に呼ば
れたら、家人の何人の心にも透るようなスッキリした声で、「ハイ」と返事を
なさることです。明日といわず今日帰られたら、即時実行に踏み切られるが
よいでしょう。