「いかに生きるか」の「幻の講話」(四巻)に学ぶ
8月19日(月)
第二十七講 明治の時代と人
大意
日本人のこころは、すでに日清戦争直後から弛みかけてきたのではないか。
明治天皇の崩御を契機に、「ロンドンタイムス」は、社説で「日本は今後下
り坂になるだろう」と予言したことは有名な話です。
明治時代というのは、一体いかなる意味をもつというべきでしょうか。今日言えることは、われらの民族にとっては、国運発展のための基礎形成期だったといってよかろうと思います。
そのための標語として、「富国強兵」が掲げられ、かつ強調されたのです。今日にして顧みれば、明治開国当時の「富国強兵」には、その後の日本がついに敗戦に到る原因がこめられていたともいえましょう。
すなわち「富国」とはやがて資本主義への台頭を意味し、また強兵の主張が軍国主義への萌芽となったことは、今にして顧みれば全くその通りの「後知慧」であります。
当時の情勢を「後知慧」ではなく、予言し警告していた人々を挙げるとすれば、無政府主義者の幸徳春水を中心とする「平民新聞」にこもっていた一群の人々と、今ひとつは独自のキリスト教信仰の立場に立つ内村鑑三先生です。
なぜ内村が日露戦争で非戦論を唱えたか、西郷南洲が維新前に演じた役割は前向きだったのに、維新後の役割はなぜ逆になったのかは興味深い問題で、明治維新を理解する上から、一つの重大な点かと思われます。