「たねまき文庫」の「礼を正す」⑪

 

5月16日(水)

 

36. 巧くできたミソ汁は、わたくしはどんな高価なビフテキなどよりおいしい

  と思いますね。それというのもミソ汁は、われわれ日本人には、真に「原

  点的」な食事だからでしょう。

 

  同時にミソ汁を巧くつくるのがむずかし理由の一つは、ミソ汁が簡単に秤

  にかけられぬからでしょうね。

 

37. 最近大きな鍋を買いまして、冬分には一週間の煮物をつくっておき、それ

  を食べる際に必要なだけ温めて頂くことにしています。それには三分とは

  かかりませんが———。

 

  その材料は大根、にんじん、ごぼう、こんにゃく、れんこん、わかめ、椎

  茸、里芋、揚豆腐、湯葉の十品ですが、文字通り海・山・野の自然味の調

  和といえましょう。

 

38. とにかく物は少量を口に入れて、その味を充分に味わうことが大切ですね。

  それはお酒も同じことです。そして最後に人生をたしなむのも結局は同じ

  でしょう。

 

  とにかく物事のもつ幽(かす)かな味を味わねばいけないわけです。つま

  り物を粗末にする食べ方は、科学的にいっても良くないのですが、それは

  宗教的にいっても、物の味をおろそかにした罰を受けるということでしょ

  うね。

 

39. 一般の人の案外気づかずにいる物で、安くてうまい物の一つは、新生姜を

  薄く切ったのを酢漬にした物で、これは貧しかったかつての日の日本の庶

  民に、「天」から与えられた真の醍醐味といってよいでしょう。