「所有しなくとも許されて生かされる」⑬

 

2月8日(木)針供養。

 

天香さんの新しい生き方は「狂人呼ばわり」

 

「ある坊さんに、『釈尊の托鉢というのはどんな事ですか』と聞きましたら、ひととおりの説明をしてくれたあとに、注釈を付け加えて、ある時お弟子さんが釈尊に対して、『飢饉の年には托鉢をなさらぬがよろしかろう』と申したら、

 

釈尊は『飢饉年にはなお托鉢せねばならぬ』と言われたそうです。が自分はやはり托鉢せぬのがよいような気がします、と言われました。

 

私は腹の中で、この坊さんは釈尊様を知ることはできない方と思いました。今は私でさえ潰れる家へ貰いに歩かねばならぬことを知っています。

 

それから、少し聖書も読ませてもらい、お経も少し味わせてもらいました。古聖の教えはことごとくこの生活を保証するものとなりました。

 

・・・これは私の32才の時のことでありまして、『報徳記』で受胎した新生活の幼児が、まさに産声を挙げた時であります。こうして生まれた時に、近所の人たちは私を狂人呼ばわりしました。

 

家族も親類も友人も定めて困ったことでしょう。こうして、二、三年の間は狂人の名が消えませんでしたが、今年でちょうど満17年。世界は金と権力と知識で行き詰まってきたわけが、こうして今晩、かような話を皆さんに聞いていただくことができるようになったのであります。

 

・・・むずかしいことを知ったので、私がこんなになったのではありません。今でも本来はその時の生活を、なんの作為もなしにころがしてゆくのが本当なのであります。」