二宮尊徳の「二宮翁夜話」に学ぶ(292)
10月4日(金)
(142)富農の子弟の学門④
「今日の決心がそのたの家の存亡にかかわるのだ。うかつに聞くでない。私のいうことは決して違わないはずだ。そなたが一生涯学門をしても、このような道理を発明することは決してできまい。
また、このように戒めてくれる者も決してあるまい。聖堂に積んである万巻の書物よりも、私のこの一言の教訓のほうが尊いはずだ。私のことばを用いればそなたの家は安全だ。用いなければそなたの家の滅亡は眼前にある。だから用いるならよし、用いないならば二度と再び私の家に来るではない。」
「地球社会は何をすべきなのか」
「低収入レベルであれば収入を増やすことが何より重視されることは理解している。しかし、富裕国の平均的な収入レベルがあれば、より高い給料を求めて視野の狭い競争を続けるよりも、安定して消費という制約の中で、主観的な幸福の追求を新たな目標にすることは十分に可能である。
2052年の大晦日に、その年の給料が2022年に祖父がもらった年金の総額と大差ないことを嘆くより、あなたの幸福感が、収入が伸び悩んでいるにもかかわらず、2030年来、毎年1%ずつ上昇していることを祝いたいではないか。
新たな指標を定めようとする時、私たちに課された義務は、意識の転換が必要であることを広く社会に訴えることだ。経済的成功がすべてではない。
それが真実だという具体的な証拠を、あらゆる場面を利用して世に知らしめよう。大切なのはいかに時間を過ごすかということだと、人々に伝えよう。」
10月4日(金)
(142)富農の子弟の学門④
「今日の決心がそのたの家の存亡にかかわるのだ。うかつに聞くでない。私のいうことは決して違わないはずだ。そなたが一生涯学門をしても、このような道理を発明することは決してできまい。
また、このように戒めてくれる者も決してあるまい。聖堂に積んである万巻の書物よりも、私のこの一言の教訓のほうが尊いはずだ。私のことばを用いればそなたの家は安全だ。用いなければそなたの家の滅亡は眼前にある。だから用いるならよし、用いないならば二度と再び私の家に来るではない。」
「地球社会は何をすべきなのか」
「低収入レベルであれば収入を増やすことが何より重視されることは理解している。しかし、富裕国の平均的な収入レベルがあれば、より高い給料を求めて視野の狭い競争を続けるよりも、安定して消費という制約の中で、主観的な幸福の追求を新たな目標にすることは十分に可能である。
2052年の大晦日に、その年の給料が2022年に祖父がもらった年金の総額と大差ないことを嘆くより、あなたの幸福感が、収入が伸び悩んでいるにもかかわらず、2030年来、毎年1%ずつ上昇していることを祝いたいではないか。
新たな指標を定めようとする時、私たちに課された義務は、意識の転換が必要であることを広く社会に訴えることだ。経済的成功がすべてではない。
それが真実だという具体的な証拠を、あらゆる場面を利用して世に知らしめよう。大切なのはいかに時間を過ごすかということだと、人々に伝えよう。」