「一日一語」から「生き方」を学ぶ(125)
5月13日(金)の「一日一語」。
「『下坐して上達す』—下坐とは日常の雑事を尽くすの意。それゆえ日常の雑事雑用を軽んじては、真の哲学や宗教の世界には入りえないというほどの意味。」
この逆を考えてきたのが一般的な常識だったようです。すなわち大を為す人は細かいことには口出し、手出ししないということです。
森信三先生の哲学(全一学)は「身心相即」(身と心は一体)の理により、既成の学問観を打破する力を秘めているようです。
さて、「経営ポリシー」は航海の羅針盤にも等しいもので、これなくして安全な航海を期待できる筈はありません。
二十年以上に及ぶ市場低迷の中、先祖が遺した資産に恵まれ、今なお目醒めることなく、マンネリ化を持続している幸運の店があります。
こうした迷い続ける社長に、「だれのための商売か?」を問い続けてきました。明らかなことは、店の再生に過去の成功体験は役に立たないということです。
東日本大震災後の今きもの、ジュエリー専門店もまさに「破壊から創造」へのタイミングを迎えています。顧客視点からのイノベーションです。
ライフスタイル、マーケットの変化に適応できなければ生き残る術はありません。現状維持という選択肢は残されていないのです。
すなわち「いかに売り上げをつくるか」の従来型の店発想では顧客の心が見えてきません。目醒めるのは能力ではなく、顧客の幸せを願う「感謝と奉仕」の心なのです。