今こそ「荒地は荒地の力で耕す」二宮尊徳に学ぶ(54)
「分度」は尊徳哲学の中心テーマの一つであり、「夜話」(129)にも取り上げられています。
「何ほど富貴であっても、家法を節倹に立てて、驕奢(きょうしゃ)に流れることを厳禁するがよい。ぜいたくは不徳の源であり、滅亡のもとである」。
以上が「分度」の根本理念です。
「なぜなら、ぜいたくを求めるところから、利をむさぼる気分が増長して、慈悲の心は薄らぐ。そして自然に欲が深くなって吝嗇(りんしょく)に陥る」
「それから知らずしらず職業も不正になって行って、つい災いを生ずるのだから恐ろしいことだ・・・」
「何ごとも習い性となり、馴れて常となっては、しかたのないものだ。遊楽に馴れれば面白いこともなくなり、うまいものに馴れればうまいものがなくなる」。
分度はまさに「入るを量りて出ずるを制す」、しかし悲しいことに心の貪欲さが怠慢とマンネリ化を呼び、人々の創造性を失うから恐ろしいのです。
ちなみに仏法でいう「三毒」は貪欲、瞋恚(しんい=うらみ)、愚痴の三点です。三毒から解放されることが「救い」の道でもあります。
経済再建の第一条件は分度を決め、これを守り抜くことです。そのためには自分の「分」を知り、自分ならではの主体性を確立しなければなりません。
分度の重要性はすでに見てきたように経済と心の一体化です。いざとなれば、「食事は飯と汁に限り、着るものは木綿に限定」する決意、実行力です。
「分度」は尊徳哲学の中心テーマの一つであり、「夜話」(129)にも取り上げられています。
「何ほど富貴であっても、家法を節倹に立てて、驕奢(きょうしゃ)に流れることを厳禁するがよい。ぜいたくは不徳の源であり、滅亡のもとである」。
以上が「分度」の根本理念です。
「なぜなら、ぜいたくを求めるところから、利をむさぼる気分が増長して、慈悲の心は薄らぐ。そして自然に欲が深くなって吝嗇(りんしょく)に陥る」
「それから知らずしらず職業も不正になって行って、つい災いを生ずるのだから恐ろしいことだ・・・」
「何ごとも習い性となり、馴れて常となっては、しかたのないものだ。遊楽に馴れれば面白いこともなくなり、うまいものに馴れればうまいものがなくなる」。
分度はまさに「入るを量りて出ずるを制す」、しかし悲しいことに心の貪欲さが怠慢とマンネリ化を呼び、人々の創造性を失うから恐ろしいのです。
ちなみに仏法でいう「三毒」は貪欲、瞋恚(しんい=うらみ)、愚痴の三点です。三毒から解放されることが「救い」の道でもあります。
経済再建の第一条件は分度を決め、これを守り抜くことです。そのためには自分の「分」を知り、自分ならではの主体性を確立しなければなりません。
分度の重要性はすでに見てきたように経済と心の一体化です。いざとなれば、「食事は飯と汁に限り、着るものは木綿に限定」する決意、実行力です。