今こそ「荒地は荒地の力で耕す」二宮尊徳に学ぶ(20)

*1791年、5才のとき、大暴風雨で酒匂川が決壊。

所有する大半の田畑が流出してことごとく石河原と化し、その復興のために多額の負債をよぎなくされたのです。

5才から15才までが尊徳のいわば「一家苦難の時代」です。

「もとより赤貧のところへこの水害にかかったから、艱難はいよいよ迫り、三人の子を養うのに心力を労することはかり知られず」

「先生は生涯、話がこのことに及べば必ず涙を流して、父母の大恩無量なことを語られ、聞く者も皆このために涙を流したものであった」、と著者の高慶は書いています。

たとえ家はどのように貧しくとも親子、家族の絆には言葉に尽くせぬ強さがあったことが分かります。

尊徳は歌に遺しています。(二宮先生道歌選 佐々井信太郎著 報徳文庫)

 餌を運ぶ親のなさけのはね音には 
 目をあかぬ子も口をあくなり」

羽音だけを聞いて親鳥のきたことを知り、口を開けて待っている。親の慈悲と子の思慕は人間だけには限らないのです。

一切の動物がその子を養育する様は慈愛であり、子が親を頼りにする有様は信頼そのものです。

「この親しい親子一円一体の生活は親の慈愛から発する」とは著者の言。