マリア・デ・ビロタさんという女性を覚えていらっしゃるでしょうか。




昨年11月に頑張ってる女性6で紹介させて頂いた、女性F1ドライバーですが、7月3日に走行テスト中に事故を起こし重傷を負ってしまったというニュースがあり、事故により右目を失明するというものでした。




華々しく活躍していた彼女ですが、右目を失明するということは、今後の選手生命にも大きく影響してくるでしょう。





その後のニュースで、経過は良好で、無事に退院したニュースが入ってまいりました。




今後眼の治療をしていくとのことですが、右目が見えない中でのレースへの参加はとても危険であり、復帰できるのか今のところ全く白紙だそうです。




右目は失ったものの、女性として世界最高峰の自動車レースのドライバーとなった彼女の不屈の精神力で、どんな形であってもも、また立ち上がって、私達の前に元気な姿を見せてくれることを心から祈ってます。



そうレースに出場するだけが人生ではないからです。



彼女にしか出来ないことはまだまだたくさんあると思います。



苦境に立たされても、また這い上がってくる彼女を見て、勇気や元気を貰える方はたくさんいると思います。



だから頑張ってほしいのです。



私はこれからも彼女のことを引き続き追いかけていこうと思います。





マルシャF1のテスト中に重傷を負ったマリア・デ・ビロタが退院したことが発表された。

 マルシャは今月3日、ダックスフォード飛行場で直線テストを行い、テストドライバーのデ・ビロタがマシンを初めて走らせた。彼女はインスタレーションランを終えた後、突然加速しチームのサポートトラックの後部に衝突、重傷を負い、右目を失った。その後、デ・ビロタは次第に回復に向かっていると発表された。
 
 7月20日、デ・ビロタはマドリードのラ・パズ病院に入院していたが、彼女の代理から発表された声明の中で、彼女の状態は落ち着き、退院したことが明らかになった。
「患者の全般的な状態は良好で、昨日彼女は退院することができた」と声明には記されている。
「この6日間、形成外科および神経外科、眼科のスペシャリストからの処置を受けた。今後も定期検査と治療が必要であるため、彼らは引き続き彼女のサポートを行う」

「以前明らかにされたとおり、患者は重傷を負った結果、右目を失ったため、今後も眼科が密接なサポートを行う。顔に重傷を負い、その影響を被ったため、形成外科のスペシャリストがそれに関するサポートを行う」

朝野貴子さんという女性を何度かブログでご紹介させていただいておりますが、



人気エステサロンの経営者であり人気エステシャンであり、ヨガのインストラクターを養成できる講師であり、人気のヨガ講師、講演活動も行なう美容研究家であり、そして歌謡全国大会で優勝する歌唱力の持ち主であり、シンガーソングライターと多彩な才能をお持ちの女性です。




私が頑張る女性をテーマにしたブログを書こうと思いついた原点の素敵な女性です。




そんな朝野貴子さんが自ら作詞作曲したセカンドシングルが7月1日に徳間ジャパン(アマゾンより購入可能)より発売されております。





曲ができあがったのは昨年の3月下旬・・・




そう東日本大震災の直後になります。




その頃のテレビで流れる映像は被災地の避難所での様子や、物資がないので幅広く救援物資の提供をお願いする内容だったり、ボランティアや自衛隊の方々炊き出しをする映像などが多く放送されていて、観られた方も多いかと思います。





朝野さんもそのテレビを観ていて、避難所でインタビューを受ける子供達の映像を観ながら、その言葉のひとつひとつを繋ぎ合わせて、こみ上げる感情をもとに詩をつくられたそうです。




大震災から1年以上が経ち、復興支援ソングというとにはならないかもしれませんが、今の日本が、そして日本人が失くしかけている夢や希望を取り戻すための応援ソングのようにも聞こえます。

「今日のため 明日のため 未来のため」には、そんな思いが込められているのではないかと勝手に想いながら聴いております。



今この瞬間の頑張りは今日のため、今日の頑張りは明日のため、明日の頑張りは未来のために・・・・








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皆さんは菅原文子さんという女性を覚えてらっしゃいますでしょうか。
頑張ってる女性7でご紹介させて頂きました、昨年の恋文大賞を受賞された宮城県気仙沼で93年続く老舗の酒店を営む女性です。


菅原さんのご主人は東日本大震災の津波で行方不明になり、懸命に酒店を守り、ご主人の帰りを待ち望んでおりました。
そんなご主人宛に、感謝の気持ちや今の家族のことなどを綴った恋文を書き、その恋文は「恋文大賞」を受賞しました。


私も受賞作品である「あなたへ」恋文を読みながら、涙が止まりませんでした。



きっと帰ってきてくれるって私もずっと祈ってました。



今年の3月11日現在の東日本大震災の行方不明者の数は、まだ3155名にものぼっております。
一日も早くご家族のもとを帰れる事を心よりお祈り申し上げます。



6月5日行方不明であったご主人の豊和さんの遺体が見つかったそうです。


1年数ヶ月経って全身遺体で身元が分かって帰ってくる方は多くはないそうです。



「あなたへ」の原文の最後にはこう綴られています。



願わくは寒くなる前に雪の季節が来る前にお帰りください
何としても帰ってきて下さい
家族みんなで待っています
私はいつものように お店で待っています
只々ひたすら
あなたのお帰りを待っています




1年は経ってしまってますが、寒くなる前に帰って来てくれたんですね。


これからはご主人と一緒に7年後の老舗酒店の「菅原酒店」の100周年を迎えられますね。


夫婦一緒に頑張ってくださいね・・菅原さん







つないだ手をすり抜け、津波にのまれた夫への思いをつづり、昨年の「恋文大賞を受賞した宮城県気仙沼市の酒店経営、菅原文子さん(63)の夫が、東日本大震災から1年3カ月を経て遺体で見つかった。文子さんは「やっと帰ってきてくれた。これからも家族の歴史を刻んでいきます」と話している。



 夫の豊和さん=当時(62)=の遺体発見の知らせが入ったのは今月5日だった。同市本浜町の自宅兼店舗からわずか200メートルほどの建物の中。この時期、全身遺体が見つかることは珍しい。



 長男豊樹さん(38)夫妻のコンビニエンスストア開店を3日後に控え、準備で忙しいさなか。家族みんなで気仙沼署に駆け付け、遺体の写真や着衣、免許証などから本人と確認した。「家族の人生の節目に見つかって本当によかった」と文子さん。



 昨年夏、「恋文大賞」を受賞した手紙「あなたへ」で文子さんは、こうつづっている。


 <ありがとうと伝えたくて切なくて悲しくてどうしようもないけれど。私はいつものようにお店で待っています。ただただひたすらあなたのお帰り待っています>(抜粋)



 この1年3カ月について文子さんは「毎日生きていくだけで精いっぱい。心の整理ができずに上の空のような日々でしたが、必ず帰ってくると待ち続けていました」と胸の内を明かす。


 コンビニのオープンも豊和さんと一緒に見届けることができた。「家族思いのお父さん。心配して居ても立ってもいられずに、出てきてくれたのかな」とほほ笑む。


 夫の遺志を継ぎ同市西八幡町で営む現在の酒店は、7年後に100周年を迎える。「生かされた者の務めとして、わが家の歴史をこれからも刻み続けたい」と、文子さんは前を見据える。