昔、石橋プロがパチンコ台を打ちながらカップに玉を入れていたという話は有名なエピソードである。今みたいにデータカウンターがない時期に、パチンコのクギ(入賞率)を数えて打っていたのである。
これが一般的なボーダー理論の発祥だと言われている。確率が完全確率だからこそ、クギが良ければ勝てるという確実な攻略を見出したが、
それとは裏腹に、ロムが貧弱な時代でもあった。大当たり乱数は体感機で狙えたり、プログラム自体が軟弱で、正攻法と攻略が極端に分かれていた時代だ。
そんな微妙な時期にパチンコを覚えた自分だったが、今私が長いパチンコ人生を経て、パチプロは決して偉い存在ではない。ボールに来るパチンコ、パチスロイベンターと実際のパチプロとは生き方がまるで違うし、一緒にしてほしくはない。
若い頃はパチンコで勝って生活している人をめちゃくちゃかっこいいと思っていたが、今はそうは思ってない。店がないと食えないからただのおごりだと反省した。
パチプロはいてもいなくてもいいかと言われたら今の時代は微妙。昔は宣伝にもなったでしょう。今でもサクラはあるでしょう。でも店からしからいない方が良い時代になりましたね?
パチプロは偉くない。賭け事に勝ってきただけだから。頭は良いかもしれないけど、偉くはない。だけど、ブームはつくったし、YouTubeなど、人気ライターなどを生み出して、ユーザーには貢献したかもしれない。でもYouTubeをしてる人って結局パチンコだけじゃ食えなくてやってる。パチプロという職種は特殊である。(職業ではないけどね。)
自分に不安や矛盾を感じたらやっていけない。ずっとやり続けるなら、自分はくそだという認識を持ち続けれる人。勝ち方を教えたから偉いというのは別。なぜなら、その方法があまりに簡単すぎるからだ。
でも私はまたパチプロをしたいと思う時がたまにある。自由だから。でも田舎では無理。独身だったらまたやってたかもなとよく考える今日この頃。

