「小学四年生の時に、文集にイラストを添えて将来の夢を書く宿題があった。
実家にまだその文集はあるのだが、
壮年期の僕がパイポを加え、三人の子供を後ろに連れたイラストが描かれている。
家はたいそうな豪邸で、自動車はロールスロイスのようである。」
”お金持ちになりたかった。”
よくよく思い出してみると、
この頃、なりたかった職業は、漫画家であろう。
父親が漫画家になれなくて、小さい頃から僕は父親が漫画を描いてくれるのを真似し、保育園や幼稚園は、あまり誰とも喋らずに漫画ばかり描いていた記憶がある。
小さい時の僕の写真を見れば、
顔を机に右向き、すなわち、右の頬をべったりつけ、そんな体制で”左利き”で漫画を描いている。
そう、小さい頃は左利きだったのである。
服飾専門学校時代、利き手の逆手で、1分にどれだけ字が書けるかっていう遊びが授業であった。
小学生の途中から右利きに変わったものの、
左でも字が書けた僕は、「あ」から「ん」まで書ききり、二周目まで書いてしまった。
いわば反則なのだが、利き手の逆で字を書くと、右脳が活性化されるらしい。
話しが逸れてしまったか。。
「夢」ってなんだろう?
起きている時に見る夢と寝てる時に観る夢がある。
寝てる時に観る夢は映像化されている、シアターだ。
二十代後半から不眠になってしまい、
僕は夢をよく観る。あまりに観るので、たまに起きた時にちょっとした記憶喪失になることがある。
夢の世界とこちら、現実の世界がごちゃまぜになってしまい、
時に現実の記憶が飛ぶ。
10分もすれば戻るのだが、それはそれは慣れるまではなかなかの恐怖。
起きている時に見る夢は、
将来こうなりたい、ていうビジョンだったり、目標だろう。
ある時ふと、大きな夢を持つから挫折するし、傷つくし、他人と比べるんだと気付いた。
大きな夢を持つのはとうにやめた。
その代わりに、少し足を伸ばせば叶う夢をたくさん持ち、
何度も叶え、また夢を持つことを繰り返し生きてきた。
頑張れば叶う夢じゃなくて、
少し足を伸ばせば叶う夢。
叶えた夢は100以上あるだろう。
些細な事で構わない。
「人前で立って歌ってみたい。」
叶ったよね。
「友川カズキさんに会ってみたい。」
叶ったよね。
「人と演奏してみたい。」
いましてるよね。
たくさん夢を叶えてきたんだよ。
大きな夢は叶えられなくても。
少年よ、小志を抱け。
が僕の座右の銘。
大志じゃなく、小志。
夢に終わりはない。
死ぬまで夢を見続ける。
夢に終わりなし。
小石の上に生きるとはそういうこと。
(自曲、春風が吹くより。)
華やかばかりが夢の対象でもないし。
とっくに小さい頃の夢なんて捨ててしまった。 。
「夢に終わりなし」
作詞/作曲 プレジー3吉
クレヨンの中の色が
何色かわからなくて
君の頭の中も理解ができなくて
俺が思っている事は
全部真っ白の中
それを それを真っ黒に
塗りつぶした夜
だから 夢が終わりなし
Ah. 夢がけれど終わりなし
どこまで進めば
一緒にいられるのかな?
脳ミソの中が壊れそうで
ちぎれそうで困っていた
いっそ 誰かに預けたら
俺の魂は無くなるのかな?
だけど それが嫌で
嫌でギターを持っているよ
だから 夢が終わりなし
だから Ah, 夢がけれど終わりなし
小さい頃から全部見てきた夢は
飛行機から落っことされて
それで死んでしまった子供たちは
何を夢見たらいいのかな?
だけどまだ生きてる俺は
何を目指して行けば
いいのかな?
いったいどこから生まれたの
いったいどこからわいた虫だろ
おまえが言っていることは
全部おまえのわだかまり
おまえが言っていることは
全部おまえの都合だよ
おまえが欲しいものは
全部 おまえが欲しいだけのものだ
だから 夢が終わりなし
Ah, 夢がけれど終わりなし
だから Ah, 夢が終わりなし
Ah,夢がされど終わりなし
クレヨンの中の色が
どうでも良くなって
俺の頭の中をグチャグチャにしてみる
俺が生きてることを
全て無くしたら
俺が死んでしまうことも
全て無くしたら
だから 夢が終わりなし
Ah, 夢が終わりなし
だから Ah,夢が終わりなし
Ah, 夢が終わりなし
されど終わりなし
けれど終わりなし...
2016.10.06 学芸大学アピア40
プレジー3吉withサモン

