首切峠霊の本拠・造田城跡で聞いた霊音 | ANIREISHA~アニメ、霊的スポット、旧車等~

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松原タニシ氏の話で心霊現象と判明

香川県心霊スポットとして有名な首切峠(まんのう町・綾川町界)。ここでは戦国期から今日に至るまで、心霊現象が目撃されている。その際たるものは、首や片手、片足のない武者の霊、馬に乗った首のない武者が現れる、という現象。

 

 

※記事修正前に記した「殺人ミニバン霊」は中村トンネルでの出来事だった。

しかし私が体験したのは、武者の霊ではない。その武者たちが生前居た造田城跡で聞いた霊音。が、それを聞いた時、それが霊現象かどうか分からなかった。

 

 

それが明らかに霊現象と判断できたのは、先日観覧した松原タニシ氏の怪談トークライブによる。私の体験と酷似した現象をタニシ氏が話していたことから、心霊現象だと確信できた。

 

そもそもなぜ、この峠が何百年もの間、心霊スポットになっているのかについてだが、それは天正7年(1579)まで遡る。峠の上方の城山(じょうやま)の山上には、羽床七人衆の一人、造田備中守宗俊が居城していた。

 

 

そこに天正7年春、後に四国を平定する長宗我部元親軍が攻めてきた。が、当時、城兵の多くは羽床城に出兵していて、守りは手薄になっていた。城には火矢を放たれ、最早これまで、と覚悟した宗俊は自らも城に火をかけ、自刃した。

宗俊の遺体は家来が背負って下山し、綾川町西分角ヶ内の地に埋葬した旨、宗俊の子孫宅に伝わる家系図に記されている。

 

 

他の城兵は長宗我部軍に討ち取られ、首切峠で晒し首にされたという説と、重傷を負って助かる見込みがない兵を、味方の兵が首を切り落とし、楽にさせてやり、峠に埋葬したという説がある。

その後、この峠では馬に乗った首無しの武者の霊が出るようになったことから、地元の村人が「首切地蔵」を建立して供養した。地蔵は風化するごとに再建され、現在に至っている。

 

 

心霊スポッターは皆、峠にある地蔵だけを見て帰るのだが、数あるYouTube動画を見ても、心霊現象を捉えたものは皆無に等しい。武者の怨念は峠より造田(ぞうだ)城跡に残っているはずなのに、なぜ心霊スポッターたちは訪れないのか、理解に苦しむ。

ただ、城跡へ登る前に、首切地蔵と宗俊の埋葬地、宗俊の霊を祭る造田大明神に参っていた方がいい。城跡の霊への非礼にならないためにも。大明神の祠は県道17号沿いにあるが、その下にある塚が宗俊の埋葬地ではないかと思われる。

 

 

城跡の登山口は首切地蔵から旧県道を南に下って行った所。四国電力の送電鉄塔巡視路の標柱が建っているからすぐ分かる。登山口と山頂の城跡との高度差は約168メートルだが、中腹から上は勾配がきついから、くるぶしが隠れるトレッキング・シューズを履いた方がいい。短靴じゃ疲れる。

 

標高320メートル過ぎ辺りで巡視路とは分かれることになるが、そのY字路の左側に目印になる高さ20~30cm位の立石がある。Y字路と言っても左の城跡へのルートは道がない。

 

 

それでも尾根を山頂まで登るだけだから、ルートは分かり易い。但し、帰路は往路時には気づかなかった尾根の分岐が複数あり、私は二ヶ所で誤ったルートを下ってしまった。

でも何とか1分以内に誤りに気付き、正規ルートに戻った。だからもし登る際は、一定間隔でマーキングテープ等を付けながら登った方がいい。

 

 

山頂手前から山頂部を見上げると、切り立っているように見える。これは尾根を削ってそのようにして、削った部分に腰曲輪をつけたもの。但し、経年変化で上の斜面の土が腰曲輪に崩れてきていて、犬走のような平坦にはなっていない。

登り切った先にある平坦地は「中曲輪」と仮称したい。ここと北の「北曲輪」と、南の「南曲輪」は、それぞれ痩せ尾根で結ばれている。この尾根も両端を削って幅を狭くしているように思われる。

 

 

いずれの曲輪も狭く、とても城が建っていたとは思えないが、規模からすると「造田城」と名付けられているものの、機能的には砦のような施設だったように思われる。だから落城し易い。

三角点(428.1m)があるのは南曲輪で、北曲輪の北端は盛り上がりがあることから、見張り台跡のように思う。

 

 

高松市で全天周アニメを見て、ツタヤで怪談トークライブ(ビア怪談)の前売りチケットを買った帰りに寄ったせいで城跡に登るのが遅くなり、気が付くともう16時が近くなっていた。そうしていると、北西方向から鉦と太鼓の音が聞こえてきた。

最初、麓で神社の祭りか、新興宗教団体が儀式的なものを行っているのか、と思っていたが、麓には神社はなく、民家も二軒あるだけ。それにその音の聞こえ方がおかしい。

 

 

一定の音で聞こえていたと思えば、急に小さな音になったり、逆に急に大きくなったりを、交互に繰り返すようになった。

高度に於いて168メートル以上下方にある民家で発する音が、こんなに近くで聞こえるはずはない。もしや、これは霊音じゃないのか。私が土佐国から来た者ということで、長宗我部軍を連想して憎んでいるのか。

 

 

大きな音になる、ということは、さっき登ってきた尾根を首のない武者が鉦と太鼓を鳴らしながら、列をなして登ってきているんじゃないのか。しかし私は生首を見たこともある位だから、首無し霊が出てきたとしても動じない自信はある。

しばらく山頂で北西方向を凝視していたが、時刻が16時を回ったことから、下山した。すると音は止んだ。

日中行ってもこんな体験をする位だから、夜に登れば武者の霊に遭遇する確率は高いかも。

 

この体験は先日の怪談トークライブ後、松原タニシ氏にも語ったが、前述の生首の体験談とかいくつか語ると「無茶苦茶霊体験されてるじゃないですか!」と驚かれた。

そして帰り際、名刺をタニシ氏に渡し、「今度高知に来られた際、首吊り神社等を案内しますよ。」と言って別れた。

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昨日、早速タニシ氏からメールで問い合わせがあったから、ライブ時に話した各種体験談の詳細を綴って返信した。

常時、何体もの霊が取り憑いていると言われるタニシ氏。タニシ氏が造田城跡に登れば、タニシ氏に取り憑いている霊を見た首無し霊は、首を生やして「マジッ!?」と言って驚く、とでも、言うのだろうか。

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