ヘレン・ケラーがWaterという言葉を発した時、新しい世界と共に、何か1つの世界が失われたのではないかと、私は感じる。
言葉というのは、まどろっこしい物だ。
私は言葉を話すが、いつも何かを取りこぼした気分になる。
「悲しい」という一言で済む悲しみなどあるだろうか、「苦しい」という一言で済む苦しみなどあるだろうか。
言葉とは何て不自由なことだろう。
だが私は言葉を話さずにはいられない。
感じたことや伝えたいことが山ほどある。
それを自分の満足だけで済ませるのでなく、手を変え品を変え話す努力が、我々言葉を話せる人々にとっての最低限のマナーではないだろうか。
幸せを知らない人に幸せを伝えられたら、どれほど素晴らしいことなのだろうと、私はいつも思う。
そんな不可能なことを、理想を、どんなに老いぼれても私は持ち続けていたい。