「優秀な著者が、自分の本に書いていない事とは?」
こんにちは、樺木宏です。
だんだんと暑くなってきた今日この頃ですが,いかがお過ごしでしょうか?
さて先日、自分の知る著者の中でも、かなり優秀な人と話していたときのこと。
「なぜいつまでも向上心が強いのか?」
と聞いたのですが、
「自分の知らないことを相手が知っているから、教わる姿勢になるのは当然」
という主旨の答えでした。
常に学びの姿勢を崩さない、だから成長するという事と理解したのですが、
こうした考え方は、ノウハウ以前の心構えとして、決定的に重要ではあるものの、
意外と多くの著者が、自分の本では書いていません。
というのも、こうした内容は本の内容としては抽象的であり、
「自己啓発」というカテゴリーになってしまうので、
知名度や実績が圧倒的でないと売れにくい為です。
でも書いていないとは言え、直接話をすると、こうした考え方をしっかりと持っているようです。
特に、著者の中でも特に優れた人達は、共通項のようにこの謙虚さを持っています。
逆に、中途半端で終わってしまう人というのは、どこかで初心を忘れ、周囲を見下すメンタリティになってしまうようです。
そこで思い出したのが、「金持ち父さん、貧乏父さん」(ロバート・キヨサキ著、筑摩書房)の一節。
この本は「ラットレース」というキーワードが有名で、資産を築き、経済的自由を獲得
する為のお金の戦略本という印象が強いのですが、中にはこんな一節があります。
『金持ち父さんはそのあと、人間の一生が「無知」と「啓蒙」のあいだの絶え間ない戦いであることをわかりやすく説明してくれた。
人間は自分を知る為の情報や知識を求めなくなると、すぐに無知が忍び寄ってくる。
無知と啓蒙の戦いはその瞬間ごとに要求される決断によって勝負が決まる。
つまり情報や知識を手に入れるために心を開くか開かないかを決めることで、無知か啓蒙か、道がわかれるのだ。』(P76より引用)
やはり、優れた成果を挙げている人は,ノウハウだけでなく考え方もセットなのだな、と再確認しつつ、自らも省みる今日この頃です。