松本清張原作の作品は,「霧の旗」「ゼロの焦点」「地方紙を買う女」「疑惑」「波の塔」等々数多く映画化され,ヒットしているが,清張自身が「原作を超えた」と評価している映画がある。「砂の器」である。

「砂の器」は,昭和初期に特効薬もなく伝染する不治の病として差別されたハンセン病患者の放浪と苦悩を背景に発生した殺人事件と,それを解決しようと奔走する刑事の感動的なドラマである。この映画の詳細については言及しないが,監督,脚本,音楽,キャストの全てが素晴らしく,日本映画史上に残る名作であることは誰もが認めるところであろう

この映画の中では,ハンセン病患者が人々から嫌われ,避けられ,石を投げられる場面もあったため,ハンセン病関係者側から「差別を助長する」などの抗議を受け,映画の最後に次のような字幕が入れられた経由もある。

(字幕)【ハンセン病は,医学の進歩により特効薬もあり,現在では完全に回復し,社会復帰が続いている。それを拒むものは,まだまだ根強く残っている非科学的な偏見と差別のみであり,戦前に発病した主人公のような患者は日本中どこにもいない】

先月,「家庭教師のトライ」を運営するトライグループ(東京)が,「水俣病は遺伝する」という事実と異なる内容の教材をオンライン講座で使っていたことを,水俣病被害者・支援者連絡会が4月末に把握し,患者団体が訂正を求めた結果,同社は誤りを認める謝罪文をサイト上に掲載し,該当する教材は非公開にしたとの報道があった。

同連絡会によると,誤った内容の教材が使われていたのは,映像学習サービス「Try IT」の中学歴史で,四大公害病について動画と文章で説明する場面。文章では水俣病について「この病気が恐ろしいのは,遺伝してしまうことです。妊婦さんが水俣病にかかり,生まれてきた赤ちゃんまでもが発症することがありました」と記していた。

水俣病は,有機水銀を含んだ工場排水で汚染された魚を食べた住民が発症した公害病で,遺伝することはない。生まれながらに障害がある胎児性の水俣病患者も,汚染魚を食べた母親の胎盤を通じて有機水銀の被害を受けたもので,遺伝ではない。しかし,水俣病に対する誤った認識で,被害地域出身というだけで交流や結婚を断られるなどの差別が広がったため,患者らは国や熊本県に差別・偏見をなくす啓発活動の徹底を求めている。

人々の流言飛語による謂われない差別や偏見に苦しんでいる被害者の心の傷は深く,計り知れないものがあるだろう。差別と偏見は,まるで砂で作った脆く崩れやすい器のように,残酷に他人の人生をいとも簡単に壊してしまう。