映画「わが母の記」「万引き家族」「あん」やテレビ「寺内貫太郎一家」「時間ですよ」「ムー一族」などで味のある女性を演じた女優の樹木希林さんが9月15日に75歳で亡くなった。
樹木さんは,2005年に乳がんの手術を受け,その後全身がんを公表していたが,その後も個性派女優として活躍していた。
その存在感は圧倒的であり,洞察力があり,達観したようなその歯に衣着せぬ言葉に周囲は不思議なほど引き込まれたものである。
そんな樹木さんが,「この歳になるまで,こんなに過酷な,こんなに悲しい,寂しい,虚しい日々を送らざるを得なかった状況があるということを知らなかった自分を,この映画を通して恥じました」と語った作品がある。
ハンセン病をテーマに病気が治っても施設に収容され,偏見と戦いながらも「社会」で生きようとする女性を描いた映画「あん」だ。
ハンセン病はらい病とも呼ばれ,この病にかかった患者たちの多くは家族の元を引き離され,塀に囲まれた隔離施設に収容され,死ぬまでその中で暮らし続けないといけない運命を,国策として進められた。後遺症で手足や顔が変形してしまうことに加え,「感染する病気」という間違った認識が社会に浸透していたからだ。ハンセン病患者を発見して通報する「無らい県運動」が1920年代に全国各地で展開されていた。ハンセン病患者を各県が競って見つけだし,施設に強制収容する目的があった。戦後,ハンセン病は薬によって治る病気となった。それでも患者たちは,療養所の外で暮らすことも故郷に帰ることも,許されなかった。親戚に影響が及ばないよう,偽名を名乗らされた。また,「病が移るのを防ぐため」として子どもを作ることは許されず,堕胎やパイプカットを強いられた人たちも多くいる。
樹木さんはこの作品を通じて語っている。
「自分の中にそういうものがあるっていう風に,どうしても思えるんですよ。ああ,こういう時代があったと思いながら,もう本当にね。なんて言っていいかわからない。人というものの持つ,凄まじさっていうものを感じました」「そこの中で振り回された患者たちはもっともっと大変で,口には言い表せないと思います。けれども,このハンセン病だけではなく,今日に至るまで,世界にはたくさんの差別の問題がある」「一番怖いのは,身近にいる,すぐそばにいる,敵なんですよね。一番身近な,よく歴史を見ると,案外身近な,自分の中にある悪の部分というか,そのものを知る必要があるんじゃないかなと考えている次第です」「一番怖いのは自分だ,と。世間の何かを糾弾するときも,常に自分を疑って見る。これを私のこれからの,指針にしていこうと思いました」
社会の差別や偏見の恐ろしさを自戒の念を込めて語った樹木さん。物事の本質を的確にとらえ,自分の死と向き合いながらもなお素直に成長し私たちに何かを伝えてくれる。その姿をもう見られなくなるのは寂しいことである。