安倍の苦い勝利

「石破茂は勝負に勝ったが、試合に負けた。安倍晋三は試合に辛うじて勝ったが、勝負に負けた」。自民党長老は、26日の自民党総裁選の結果について、こう評した。

 自民党総裁選の投票結果は以下の通りだった。

(第1回投票)

安倍晋三候補 141票(議員票 54票/党員票  87票)

石破 茂候補 199票(議員票 34票/党員票 165票)

町村信孝候補  34票(議員票 27票/党員票   7票)

石原伸晃候補  96票(議員票 58票/党員票  38票)

林 芳正候補  27票(議員票 24票/党員票   3票)

(決選投票) 国会議員による投票

安倍晋三 候補 108票

石破 茂 候補  89票

 都道府県党員票で石破茂は過半数を上回った。安倍のほぼ2倍の票数である。決選投票で安倍が第一回投票に比べ国会議員票を54票上積みしたのに対し、石破は55票積み増しした。党内長老勢力の支持を受け先行逃げきりを図った石原伸晃幹事長は党員票の1割強しか獲得できず決選投票にさえ残れなかった。自民党内の空気が「石破総裁」にあったことは、数字を見れば疑いない。が、しかし、石破も国会議員の過半数に及ばず党内国会議員からの信頼性に欠く。他方、国会議員票で勝利得た安倍氏だが過半数を9票上回るにとどまる。党員票で2割台に過ぎない安倍氏にとって総裁復帰の正統性が今後問われることになるだろう。こうした結果を総括すれば、自民党はノーコン(ノー・コントロール=制御不能)状態にある政党であることが誰の目にも明らかだ。

ナベツネの「ご託宣」に始まった石原出馬

総裁選当初、本命視された石原伸晃幹事長の無残な失速はなんなのか。石原幹事長の総裁選出馬レールは、昨年3月、日本テレビ網取締役会長の氏家齊一郎の死去にはじまるといわれる。読売新聞経済部記者出身の氏家はのちに読売新聞グループ内の日本テレビ網へ転じ、同社トップ日本民間放送連盟会長にも就いた。読売新聞グループを率いる渡邉恒雄同グループ本社会長とは旧制高校、東大時代を通じての刎頚の友。氏家は、日本テレビ出身の石原伸晃衆院議員の後援会長を亡くなるまでつとめていた。石原がポスト谷垣に意欲を持ったのは、死せる盟友・氏家の死が、ナベツネして石原総裁実現へ走らせた結果であった、との有力な見方がある。氏家死去後の昨夏、渡辺恒雄氏は「石原、お前は総裁総理をめざせ。応援する。大連立そして憲法改正が政権目標だ」と石原伸晃に申し渡した、といわれる。

渡辺恒雄氏は、福田康夫内閣が発足早々、当時、民主党代表だった小沢一郎氏との間で「大連立」を策したことで知られる。このときの課題は海上自衛隊のインド洋派遣のための特措法成立、そして改憲を政治日程に載せることにあった。福田と小沢の間にたったのが渡辺恒雄氏が仲介者として白羽の矢を立てた森喜朗元首相であった。この渡辺構想の背後に控えていたのが中曽根康弘元首相、伸晃の父親である石原慎太郎東京都知事、さらに自民党内の派閥領袖クラスの長老グループであった。

総裁、さらにその先に総理の座が約束されたといっていい盤石ともいえる後見人を背後にもった石原伸晃氏は身の程知らずにも、「その気」になってしまう。昨年12月、石原は、訪問中のアメリカで、出身の日本テレビのインタビューで「谷垣禎一総裁が出ない新たな局面があれば私も立候補させていただきたい」と、事実上の総裁選出馬を宣言してしまうのだった。いかにもフライング気味の、この一事をもって石原伸晃という政治家にはトップを狙うにふさわしくない軽薄さがつきまとっていることがわかる。果たせるかな、総裁選本番では石原伸晃が発言する、人前に出るほどに、党内外の期待感がしぼんだ。

挙党態勢をづくり、解散総選挙を経て自前のカラー打ち出す二段構

安倍氏、総裁選の舌戦で、尖閣・竹島など領土問題、靖国参拝、改憲、で強い姿勢を表明し続けた。安倍氏の支援組織は田母神俊雄元航空幕僚長などが極右イデオロギーをもつ復古的保守主義グループの比重が大きい。総裁選挙開票時刻の26日午後1時から2時過ぎ、永田町の自民党本部前の歩道で約150人ほどが大小の「日の丸」を手で振って「安倍さんを再び総裁に」と叫ぶ光景も見受けられた。ただ、総裁選結果を冷静に評価すれば、総裁就任早々から「強い日本」というニュー安倍路線をストレートに打ち出せば、反発も予想される。

 当面は総裁選ざまざまなきしみが生まれた党内を修復する必要に迫られる。このため挙党態勢の再構築をはかりながら、最大の目標である野田政権に解散を迫り、政権を奪還する方向へ力を注ぐだろう、というのが大方の見方だ。このため新体制は石破幹事長、甘利明総務会長、林芳正政調会長、菅義偉国対委員長のほか、若手から小泉進次郎、斎藤健両衆院議員、三原じゅん子参院議員らの抜擢が取りざたされている。

 ただ、安倍再登場にたいする世論の反応は極めて冷たく厳しい。その声は「こんどは大丈夫か」という不安に集約される。安倍当選で政権奪回の確率は下がったという党内の指摘もある。自ら命名し政策の柱とした「再チャレンジ」に成功したものの、「再ダウン」の懸念も消えない安倍丸の船出ではある。