「5人は宝くじに当たったようなもの。「前後賞」で入閣を逃して唇を噛む議員が十指に余るほどいた」。野田首相が5日に断行した内閣改造は、民主党議員にとって閣僚ポストに就けるラスチャンスだったかもしれない。今夏に解散総選挙が行われた場合、民主党が大敗して下野するのが必至とみられているためだ。それだけに5ポストのミニ改造だったにも、かかわらず、様々な悲喜劇と波紋を生んでいる。

野田首相は奇をてらった人事は好まないと周辺はいう。実際、今回の改造では、小川敏夫法相の後任は滝実法務副大臣、鹿野道彦農水相のあとには郡司彰副大臣をそれぞれ引き上げた。前田武志国交相のあとには同じ羽田グル―プで、同じ参院、当選3回という3条件をクリアーする羽田雄一郎参院国対委員長が順当に指名された。こうした野田首相の人事原則からみれば、田中直紀防衛相のあとは渡辺周副大臣の昇格は、概ね妥当性があったといっていい。自見庄三郎金融相は身を引いて同じ国民新党のベテラン、松下忠洋復興副大臣に金融・郵政担当相ポストを禅譲した。滝氏は引退表明したばかり、松下氏も一度は政界引退を決意したあとに政経復帰をした立場で、2人とも棚からぼた餅の閣僚ポスト、笑いがこぼれおちる面々といえるだろう。

泣く人もいる。さしずめ本人の落胆とショックの大きさの筆頭格は渡辺周防衛副大臣だろう。渡辺氏は、野田佳彦首相が内閣改造の断行を表明した3日までシンガポールで開かれたアジア安全保障会議へ出席のため、海外出張だった。帰途の機中で聞いたであろう「明日、内閣改造」の報に、明日は同じ防衛省庁舎内の副大臣室から大臣室へ引っ越しができると、おそらく確信したことであろう。

ところが、防衛相だけは意表をついた。安全保障専門家の森本敏拓殖大学大学院教授の起用である。その意味で渡辺氏の気落ちと怒りが尋常でないと囁かれるのも理由がないことではない。

渡辺副大臣が出張先のシンガポールでのスピーチで「中国は脅威」と言及したことが響いたという見方がある。中国が問題視する発言の数日後に防衛大臣に昇格するのは、中国を必要以上に刺激することになるため、野田首相にとっても憚かられた、というのだ。

しかし、野田首相が森本氏に白羽の矢を向け、渋るのを説得した時期は、渡辺副大臣発言よりも、かなり以前のことで、「中国は脅威」発言で、渡辺副大臣の昇格がなくなった、というのも当たらない。

森本防衛相起用の狙いは明確だ。1つは、自民党安保政策ブレーンである森本起用で野田首相として、自民党との協調姿勢の証(あかし)を示す。もう1つは、強力な日米同盟推進論者である森本氏を野田政権の防衛政策責任者にすえることで、日米関係に波風を立てない、ためであろう。

森本防衛相の誕生で泣いた人物が、もう一人いる。五百籏頭真(いおきべ まこと)前防衛大学校長である。五百籏頭氏は、菅直人首相によって、2011年4月、政府の東日本大震災復興構想会議議長に起用された。今年2月には、同会議提言をフォローアップする復興推進委員会委員長に就任している。五百籏頭氏は、民主党政権での閣僚入りを強く望んでいた、という。同じ民間人ながら、五百籏頭氏の神戸大教授―防衛大校長という経歴にくらべ、森本氏の防衛大ー航空自衛隊―外務省―野村総研のキャリアと自民党とワシントンとに持つパイプの太さは比較するまでもない。野田首相は、今回の内閣改造の狙いである自民党との協調路線を促進するために森本氏を選択した。

民主党の歴代内閣を振り返ると、鳩山由紀夫内閣は内閣改造なし、菅直人内閣は改造2回、野田内閣は2度目。あわせると7回の組閣を数える。4・7カ月に1回、内閣の化粧直しである。化粧を直すたびに民主党政権の容色が衰え、世間の見る目が冷めていく。内閣改造を受けた共同通信調査(5日配信)で、野田内閣支持率は前回に比べ4・0ポイント増、民主党支持率は1・3ポイント増の微増。「改造効果」は無きに等しい。