「数は力」である。代表選で小沢元代表が力を見せつけている。出馬しようとする7人が小沢の前に平伏しているのは、小沢が百人を超える党内最大派閥を率いているからだ。
30年も前になるが、刑事被告人の田中角栄元総理が大平、鈴木、中曽根と次々に傀儡総理をつくった「力」の源泉は、田中の派閥が抱えた党内最大の国会議員の「数」であった。田中は「数はカネ」であるとも言っている。小沢の「政治とカネ」も田中の金脈づくりがお手本である。とにかく代表選において、田中の申し子と言われた小沢が田中を再現しようとしている。
前原前外相が参戦してから、代表選が一段と活気付いた。スピードが早い。出馬表明をした翌日には、小沢元代表と会談して、臆面もなく、昨日までの敵に支援を申し出ている。国難を解き、挙党一致を呼びかけ、躊躇の一欠けらも見せないのが前原らしい。小沢周辺を速攻して、輿石参院議員会長や鳩山前総理から、「小沢氏とうまくやってほしい」言わせている。
しかし小沢は、口説きにきた前原応援団の仙谷官房副長官と会談した後、「ずっと『反小沢』でやってきて、いまになって分かり合えるか」と側近に吐き捨てるよに言っているのが、現在の小沢の心境を表している。
小沢一郎はこの道41年になる。前原の倍以上である。18年前、自民党を飛び出して作った細川政権を自民党に倒されてから、新生党、新進党、自由党を次ぐ次と解散し、「壊し屋」の異名を奉られた。2年前に苦節16年にして政権交代を実現。自民党政権に代わる民主党政権を作ったのは小沢である。
エサをカラスに浚われた小沢は、菅首相一派により党員資格停止の日陰の身に落とされ、権力の座から追放された。起訴されて刑事被告人であることも、師匠の田中角栄モデルである。
前原は菅一派である。「反小沢」の急先鋒であった前原を赦すほど小沢は寛大だろうか。「政治は権力闘争」というのが小沢哲学である。党員資格停止処分は、権力闘争の敗北と考えている。敗北を挽回するのも権力闘争である。小沢の代表選挙は権力闘争なのである。
代表選は小沢と前原の権力闘争である。水面下で虚虚実実の駆け引きが展開されている。新政権の幹事長人事が「カギ」といわれる。名目は「国難」だが、権力闘争の幕が挙がったのである。
30年も前になるが、刑事被告人の田中角栄元総理が大平、鈴木、中曽根と次々に傀儡総理をつくった「力」の源泉は、田中の派閥が抱えた党内最大の国会議員の「数」であった。田中は「数はカネ」であるとも言っている。小沢の「政治とカネ」も田中の金脈づくりがお手本である。とにかく代表選において、田中の申し子と言われた小沢が田中を再現しようとしている。
前原前外相が参戦してから、代表選が一段と活気付いた。スピードが早い。出馬表明をした翌日には、小沢元代表と会談して、臆面もなく、昨日までの敵に支援を申し出ている。国難を解き、挙党一致を呼びかけ、躊躇の一欠けらも見せないのが前原らしい。小沢周辺を速攻して、輿石参院議員会長や鳩山前総理から、「小沢氏とうまくやってほしい」言わせている。
しかし小沢は、口説きにきた前原応援団の仙谷官房副長官と会談した後、「ずっと『反小沢』でやってきて、いまになって分かり合えるか」と側近に吐き捨てるよに言っているのが、現在の小沢の心境を表している。
小沢一郎はこの道41年になる。前原の倍以上である。18年前、自民党を飛び出して作った細川政権を自民党に倒されてから、新生党、新進党、自由党を次ぐ次と解散し、「壊し屋」の異名を奉られた。2年前に苦節16年にして政権交代を実現。自民党政権に代わる民主党政権を作ったのは小沢である。
エサをカラスに浚われた小沢は、菅首相一派により党員資格停止の日陰の身に落とされ、権力の座から追放された。起訴されて刑事被告人であることも、師匠の田中角栄モデルである。
前原は菅一派である。「反小沢」の急先鋒であった前原を赦すほど小沢は寛大だろうか。「政治は権力闘争」というのが小沢哲学である。党員資格停止処分は、権力闘争の敗北と考えている。敗北を挽回するのも権力闘争である。小沢の代表選挙は権力闘争なのである。
代表選は小沢と前原の権力闘争である。水面下で虚虚実実の駆け引きが展開されている。新政権の幹事長人事が「カギ」といわれる。名目は「国難」だが、権力闘争の幕が挙がったのである。